第五章 文理融合の行き詰まり
そうして始まった文理融合のコラボ作品づくりだったが、実際のところ、僕は執筆に行き詰まっていた。大学の授業やレポートの締め切り、研究室見学の忙しさ、そして出版社からの打ち合わせ――それらが重なって、執筆の時間をまとまって取るのが難しいのだ。
さらに、肝心の“恋愛パート”を書こうにも、頭の中にある理屈ばかりが先行して、どうにも感情が伝わらない。登場人物同士が会話するシーンでも、自分が実際に経験していないことを想像だけで書くと、まるで論説文のようになってしまう。
(恋愛って、どうやって“ドキドキ”を描けばいいんだ……)
そんな疑問が頭をよぎったある日の夕方。担当編集の津田さんから電話がかかってきた。
「はい、もしもし……。あ、津田さん。お疲れさまです」
「お疲れー、葵田くん。進捗どうかな? 次の作品の企画書はそろそろ送ってもらいたいんだけど」
僕はスマホを握りしめながら、部室棟の廊下を歩く。サークルの後輩が横で打ち合わせをしている声が聞こえてくるが、僕は通り過ぎて階段の踊り場に移動した。
「今、大学のコラボ企画用の短編を書いてまして……それを仕上げたら、次の商業用長編に着手しようと思ってるんですけど」
「そっかそっか。まあ短編を書くのもいいけど、出版社としてはそろそろ次の大きい作品を期待してるからね。読者からも『もっと恋愛要素を入れてほしい』とか『キャラクター同士の関係を深掘りしてほしい』という意見が届いてるんだ」
「恋愛要素……やっぱりそうですよね」
「うん、葵田くんってさ、文章構成や世界観は面白いんだけど、もう少し“生身の感情”が読者に響く形で描けたら、一段と評価が上がると思うんだよ。で、そのためにはやっぱり実体験がある程度必要なんじゃないかなと、俺は思う」
津田さんの言葉は、耳が痛いが正論だ。僕だって自覚している。だけど、その“実体験”をいつどこでどう得ればいいのか、まだ答えを見つけられない。
「実際に誰かを好きになればいいじゃん」というシンプルな結論を頭で思い浮かべながら、それがそう簡単にいくものでもないのだと、僕は内心で苦笑する。
「まあ、焦らなくてもいいんだけどね。大学2年生ならまだ若いし、これからいくらでもチャンスはある。それこそ合コンなんかでも…」
「合コン……。参加しましたよ。うまくいかなかったですけど」
「おお、偉い偉い。失敗でも成功でも、全部ネタになる。俺も若い頃はいろいろやらかしたしね」
津田さんはいつも軽妙な口調だが、そのアドバイスは実に的確だ。僕は電話を切ったあと、溜め息をつきながら瑠璃へとメッセージを送る。
〈今度また合コンない? ……じゃなくてもいいから、人と交流できる場がほしい〉
自分で打っておきながら情けないお願いだと思う。けれど、何もしなければ何も変わらない。僕は先日の失敗を教訓に、少しだけ行動を増やしてみようと決意した。