第三章 合コンと初めての挫折
文理融合企画への応募を決めたものの、具体的にどんな作品を書くかはまだ見えない。そんな状態で迎えた週末、瑠璃は僕をしれっと合コンに誘ってきた。
「数日前に水島と会ったばかりだけど、今度は別のメンツで合コン。理科二類の友達や他大学の友達が集まるって。和貴も来ない?」
「合コン……? 僕、あんまりそういう場慣れしてないんだけど」
「知ってる。でも、だからこそ行くべきでしょ? 恋愛経験が足りないって嘆くなら、こういうところに顔を出して人間ウォッチングしてみるのも手だよ。まさに“実験”!」
瑠璃はそう言って、わははと笑う。確かに、経験を増やさなければ恋愛を書けないというのは一理ある。僕が渋るそぶりを見せていると、瑠璃はすでに「人数合わせでカウントしておいたから」と既成事実のように言い放った。僕は結局、断りきれずに参加を決める。
――そして迎えた当日。駒場からほど近い居酒屋に着くと、そこには10人ほどがすでに揃っていた。男女の内訳はほぼ同数。理科二類の学生や、他大学の文系学部生も交じっているらしい。僕は自己紹介の段階から、まずどう振る舞えばいいのか分からなくなる。
「えーと、葵田って言います。理科一類、2年生です。いろいろ書いてることが趣味で……あ、あと、ええと……」
自分で口にしながら、自分が小説家だと明かすべきか迷う。しかし、ここでカミングアウトするといろいろ掘り下げられてしまいそうで気が引ける。結局、「本読むのが好きです」程度でスルーしてしまった。相手の女子たちも「へえ、そうなんだ」という程度の薄い反応で、会話はそこから広がらない。
隣の席の文系女子が「東大ってやっぱりみんな賢いんですよね?」と当たり障りのない話題を振ってくれたが、僕はどう返せばいいか戸惑う。
「いや、そんな……賢いってわけでも……。ただ科目が多くて大変っていうか……」
「へえ、そうなんですね……」
会話がすぐに途切れる。お酒が進んでいる人たちは早々に盛り上がっているが、僕はまだ全然リズムに乗れない。瑠璃は反対側の席で、別のグループと弾けて笑っている。
結局、合コンの時間はほぼ雑談をしているだけで終わった。連絡先を交換しようという流れにもなりかけたが、僕は流れに乗り切れずに気づけばお開きの時間である。誰とも特別親密にならないまま、店の外へと出た。
「あちゃー、和貴、見事に空回りしてたね。もったいないなあ」
帰り道、同じ方向だった瑠璃がからかうように言う。僕はため息をついて、夜道を歩き続ける。
「……どうすりゃいいのか、本当にわからなかった。合コンって会話のテンポとか、もっとノリが必要なんだろうな」
「まあ、初回はそんなもんかも。でも、観察はできたんじゃない?」
「観察って……?」
「どんな人がどんな話題で盛り上がるか、とか。単に恋愛抜きで見ても面白いと思うよ。人間関係の化学反応みたいなもんでしょ」
なるほど、そうかもしれない。しかし、合コンの場には化学反応というより空気抵抗のほうが大きかった気もする。それでも、瑠璃の言葉を思い出し、「研究は失敗を重ねてナンボ」というフレーズを頭に刻む。
おそらく僕には、すぐに恋人ができるような華やかさはない。ならば合コンという場を、ほんの少しでも小説のネタにできれば御の字だろう――と割り切ることにした。