growth 6〔転生竜、アナタはワタシの名を呼ぶ〕①
大陸の東南、広い領海を有する国アラビカザント。
主な資源は雄大な海域から獲れる漁業ではあるが独自に開発した珈琲豆なども有名で、商業と生産性にも優れる事から多種族も行き交う平和な国と評される。
故に此度の事態は平穏な国内に取って非常に異例で面倒な案件が複数、取り分け秘匿迷宮や申請無しでの攻略が含まれているだけに関係者への対応は持ち前の冷徹さが有っても精神的には厳しい情緒で挑んだ結果となる。
幸いにも荒々しい手段を用いる場面は無かったが、それでも。
「十歳の子供って……」
船べりに組んだ腕を置き、甲板の上で悩むエルフの女。
彼女はギルドより派遣された急遽の調査員エルミア。
航路は出発した街シンベル、船首同様長寿の瞳が向く先に存在する。
順調に行っても到着はまだ数時間後、日は完全に落ちた後の事となる。
本来ならばその間にすべき聴取を担う、調査員としての避けられない仕事だ。
だが気は重い。
ギルド内での業務としてなら幾らでも誰であっても怯まずに意見をも言える。が今回ばかりは長年の経験ですら該当しない要素が盛り沢山で、意欲的でもない。
何故なら既にある程度の事情は村の住民から聞き取っているから。
――内容は一つ残らず胸糞の悪いものばかり。
俗に言う孤児故の迫害、あの村にしてみれば必要悪的な存在だったとも言える。
だが終には村の掟に反したとして、迷宮送りなどと述べる。
歴史上そういった断罪は古くから存在していて、近年では殆ど無くなったもののギルドの管理不足や国政によっては今も残存はしている。
しかし此度の件は規模としては極めて小さな範囲での出来事となるが恐らく繰り返し行われていた事実を書き出しに国内だけでなく国外にも情報は拡散されていくだろう。と前もってギルド員の勘で推し量れる。
エルミアの深い溜め息が潮風に混ざり合う。
「――無理だよね、普通」
十歳、人間の子供、長寿目線からすれば生まれたての羊。事情を知った上では目くじらの立てる気分など作りようもない。
ただ――。
「どうやって……」
――迷宮攻略者の印が有る以上、偽りではない。
偽造しているとは考えられない。
強いて気になるところがあると言うのであれば――。
「――子供っぽくは、無いかな……?」
外見はどう見たところで少年。しかも童顔で一層幼子に見える。が。
雰囲気? まとっている空気感と言うのか。
ともかく落ち着いた物言いは十歳に似付かわしくない。
さりとて大人びてるとも違う。
何と言うか――。
「――……おっさん? ェ」
ダメだ。自分から口にして思わず笑ってしまう。
他種族故の感覚不具合。
というよりかは迷宮を攻略する位に冷静だったというコトかもしれない。
これまでの生活環境にしたって、そういう気色になっていても仕方がない。
ま、何よりも。
「ワタシが逃げたとて、か」
ハイ業務業務。
ちゃんと割り切って――行こう。
*
――……本当どうしたものか。
いろんな事が怒涛にありすぎて、何から処理をしていけばいいのかが分からない。
「ぁぁ困った……」
転生前の地声とは似ても似つかぬ愛らしいボイス。
ああ、後悔をしてる訳ではない。
しかし頭の中が整理できていない。
散らかった思考を固めるには今一度の、回顧を……――。
▼
「ようこそお越しいただきましたは女神の園、此度の達成は見事なものでした。迷宮を攻略せしアナタ様には女神アマウネトからの褒美と兼ね合う願いを授け与えましょう。先んじて、その願望をお聞かせください」
イヤ待たんか。
「……どういうコト?」
いつもの馴染じゃんか。
「定型句は大事ですので」
いやそうではなく。
「何で、出てきたの……?」
「……わたくしでは不満でしょうか」
ああさすがに今のは言葉足らずだった。
「ごめん今のは忘れて」
「ェー、それだけですゥ?」
「……――今度、埋め合わせはする」
「絶対ですよー」
なんて微笑しやがる。
マアそれは一先ず置くとして。
「こういう仕事も担ってんの?」
「結構気に入ってやってます」
へぇ……。
「やっぱ、どこも人手不足なんだな……」
この場合は、神手不足か?
「違いますっ、好きでやってますから!」
ェ好きって言われた。
「そういう意味で言ってませんん!」
うわ普通にショックなんだけど。
「ぇ、ァでも、わたくしはそのッ……」
「まあいいや。で、どうすれば?」
――なんでそんなジト目をする。
「ですから、アナタの願望をお聞かせください」
何でか怒ってる感じじゃありません? ――故に生半可な気持ちで触れることなかれと切り替えて。
「願望、それって来た時みたいな?」
「ハイ。ですが叶えられる願いには際限があります」
「具体的には」
「攻略した迷宮の魔力所蔵量に応じて叶えられる願いの可否等を定める制約とでも思ってください」
なるほど。――よく分からんので。
「まあ言うだけ言ってみれば、いいのか?」
「それでも構いません。此度は基準として神位を用いて正五位上の迷宮としております」
しょ、しょうごい……じょう?
「達成したのはアナタ一人ですので、ご自由にお申しください」
ふむ。ならば――、え。
「……一人?」
一匹の間違いだろ。とか、そんなんじゃなくて。
あれ、何で? ――ェどういうコト。ちょっと。
「もう一人、あの子は……?」
「……――ここに来れるのは達成時に生存が確認された者だけです」
いや、ハ?
「――何で」
「詳細な事までは分かりません。しかし達成条件を満たす直前もしくは既に亡くなった状態だった、のであれば」
「そんな訳ないッ、……でしょ?」
「心中察します。ですが本当に確信をもって言えますか?」
確信。――それは。
あの時、あの一瞬の違和感。――打ち解けない感情は。
「一つ提案があります。もしもアナタが心より彼の者を救いたいと申すのであれば、方法が全く無い訳ではありません」
「――ぇ、本当?」
「ハイ。とはいえ判断が可能なのは今この場のみ、悩む時間に限度を定めたりはしませんが後回しにする事は叶いません。それでもわたくしの提案を聞く気はありますか?」
「聞くだけならタダっしょ」
「知る事で誰もが悩みます」
「なら、もう知った後だから問題ない」
「それは……そう、ですね。神の不手際です。お詫びします」
「必要ない。自分だけなら悩む事すら出来ずに判断すらも付かない」
お気になさらずってな感じで。
「……――お心遣いに感謝します」
ぉ、やっぱ俺好みな。
「……おほん。――それでは申します。彼の者を救う、その手立てとし此度の恩寵その全てを費やして生命の保存を行うのです」
ああそういうコト。
「それでも尚蘇生には足りていません。故に精神の保護、肉体の管理を分けて行う必要があります。アナタにはいずれ還す器を保護し肉体を維持する活動をしていただくこととなりますが、如何でしょう……?」
えーと……。
「どういうコト?」
「蘇生に必要な恩寵を全て得るまでは、アナタが彼の者として活きると言うコトです」
ああなるほどねッて、ブハッ?!