growth 5〔転生竜、竜生活の幕開けそれは運悪く〕④
鼻を突く焼けた臭い、ポカンと空いた小さな穴の輪郭で燻ぶる。
危機的状況を突破。しかし油断せず即時抜けた脱出口から次の攻撃に備えて間合いを取り、中空にてご用心。
予定とは違う流れではあったが結果得られた情報の実証は有り難かった。
そして予定が狂ったのは相手も同じな様子で、今暫くと追跡は止んでいる。
この機に助け出したいところではある、が余裕はまだない。
あくまでも今のは咄嗟の出来事、自信を持って行った訳ではなく偶然に近い成果。
とはいえ攻撃の手段が増えた事には面白いとすら、思ったり。
そういえば迷宮内での戦闘はその殆どが範囲を絞り余計な被害を――配慮しての、戦いがモットーだった。それ故に息を吹き切るタイミングが重要で、例えるなら車両運転時のブレーキングやアクセルワーク、同乗者を気遣った調整となる。
ただ単独での最大火力が出し辛いのも本当。
特に動き続ける現状、溜め込む間もない。
しかし、それが功を奏した。
吹き続ける余裕はなく一呼吸の燃料を口先で発火させた結果として、爆発した。
可燃性のガスが一瞬にし増大して破壊作用を伴う発熱。
火気としての威力は瞬時に消失する代わりに瞬間的威力、その衝撃は近距離で太い枝の一群をも粉々に吹き飛ばす。
正に打って付け、なるべく火の手を上げずインターバルも必要としない。
有効射程は極めて短いものの相手が動けないのであれば不利とも思えないし、加えて。
ようやく飛ぶ事にも慣れてきた。
狭く限られた空間での飛行は本領を発揮することが出来ず、速度を出し飛び回ったのは今回が初の試み。
だが運動性は十二分に体験し要領も得た。
おおっしゃ、燃えて来たッよ! ――今度はこちらから攻めてやる。
「クァァァァッ!」
…
俺は今、小型にも拘わらず急降下爆撃機の様に――襲い来る蔓や枝の張り巡らされた包囲網を潜り抜けては上昇を繰り返し雷撃と化す。
吐き出す息の方向を左右で定めて調整し発火。で即刻離脱する流れは爆発の尾を引く形ともなり余波が後方からの手数にも少なからず対応して更に回転を加えたり爪や牙で切り裂く等の手数で追っ手の数やその物量にも対処が仕切れている。
次第に追撃そのものが減っていく中で木っ端微塵となった枝類の破片が粉塵となり、視界を妨げる状況も出来つつある。
しかしながら若干息苦しい。
爆炎に因る煙がというよりも単純に呼吸が苦しい。
ただ部屋が広いおかげで当初の心配はまだ先延ばしにはできる。が。
そろそろ決着をつける時だ。
丁度一際大きいな、根元から近い箇所の樹枝が目の前に迫り来る。
もはや体当たりだろ。――こんなのは。
自分と比べて何倍だっつーのよ。
けれども恐れはない。しかし確信も同じくあろう筈がない。
一段と気合を入れて深く――酸素を取り込む。
次いで回転運動で弾丸さながらに。
「――ッッッァ!」
木々が激しく擦れて軋む音まるで絶叫のようにも聞こえる。
最後の最後で有機物から確かな意志で伝わってくる。
これが、渾身の一撃。ならば――。
こちらも最大限に燃え割くのみッ!
――“発火”
想像を超える地響き、渾身の一撃ならぬ根身の一撃が爆発で砕かれ地に落ちる。
巨木が根付く部屋全体を震わす大迫力の光景。今まで以上に視界が粉塵で遮られ目標を見失いそうになる、が。
おっしゃー、救出成功っ。
打ち勝った事で気抜けする事無く、少年の身柄確保に尽力した。
しかしまだ終わりではない。
最大限に距離を空けて且つなんやかんやで崩れた岩の陰に防火布で身を包ませて置く。
と不意に打ち解けない感情が沸き起こる。
いいや、そんなコトは後回しだ。
何が何でも優先すべき後始末が、まだ残っている。
急ぎ救出して来た経路を引き返しデカい樹様の前へと舞い戻る。
「――ッァァァ」
正直に言って植物の考えなど分からない。
というか感情があるのかすらも不明だ。
ただ互いに思うところはあるような気がする。
決着の末、友情が芽生えるなんて熱い話は微塵も湧かないが。
それでも限度一杯まで敬意を持ち全力で、振り絞る。
さあ視界が明ける。――終幕のアンコール。
「……ァァァア!」
粉塵舞い散る最後のご対面。本当は自爆覚悟の粉じん爆発を想定していたのだが条件の整う已然に十二分溜め込む時間ができた。
思い返せば好条件な相手に対し運の悪さと相互作用し訪れる事となった。この瞬間――。
「ッァァッアアア!」
――熱い抱擁を交わすと共に熱烈なる口付けでもって、終炎。
「ッァァッッッッァァ!」
…
いやぁ初のボス戦にしては、なかなかの熱戦だったんじゃないか?
ヨイショヨイショ。
相性抜群と思えた相手でも環境に因って苦戦を強いられる。
よいしょよいしょ。
良い勉強になりました。
で、ヨイショっと――脱出はまだか?
いい加減羽ばたくのも疲れてきた。
観える物は消炭色に真っ黒だし周辺を漂う灰は花弁みたいに綺麗だが所詮は燃え滓。
ま、予想より煙の量が少なかったので、こうやって送風し守ってやれているが。
さすがに休息をください。
てか普通はどうかは知らんが、――そろそろ何かあっても。
『最終層守護者の撃破を確認、生存者の転送を開始します』
お、やっとか。
ほいだらば夢にまで見た悲願の、地上へとご帰還でい!
※
その現象は世界各地で観測ができた。
海上の小さな孤島から立ち昇る、光の柱。
それはこの世界に於ける迷宮攻略者誕生の瞬間を意味する。
延いては星々輝く夜空が相まって一際美しく観える光の柱は天高くに、登竜の門が如く攻略者が地上へと戻るまでの期間――存在し続ける。
*
翌朝、夜中の出来事を受けて管轄となる冒険者ギルドでは夜勤者から引き継いで騒然とした状況下での職務を皆が行う事となった。
夜分に連絡を受けた者、出勤後に知る者、偶然知り得た者と様々に経緯はあるものの皆が口を揃えて言う事は“斯様な所に迷宮が在ったのか”次いで“攻略申請は出されていたのか?”とまるで申し合わせたかのように同じ質問を繰り返す。
しかし真夜中より始まったギルド内の捜索や調査でも答えとなる情報は一切無く、業務上の手続きを大幅に時短する形での現地派遣。
つまりはギルドより調査員となる人材を現場に赴かせる決定が下される。
担当者は業務の内容を良く理解し且つ有望で、直ぐに連絡がついた非番の――。
「――エルミア君、悪いんだけど現地に行って視てきてくれる?」
「嫌です」
「速答ッ? イ、嫌って君……業務だよ」
「ワタシの職務内容ではありません」
「それはまあ、でも人手不足だシ……ね?」
「今さりげなくシ〇って言いましたか? 言いましたよね? 言葉の暴力行為です、ワタシ本日付けで退職ます」
「速断ッ! オ、落ち着いて……ちゃんと護衛も居るし、お願い?」
「……――嫌と言わなければ?」
「ばッ? ぇ、えーと……特別、手当とか?」
「もう一声」
「……エルミア君が行きたがってた遊覧船のチケットを、ツテで……」
「乗りました」
「ぇマジで、助かるゥ」
「ただ今のセクハラですんで、戻るまでに免罪の品を用意しておいてください」
「何故ッ?」
斯くして聞く耳は持たずエルミアは上司に背を向ける。
彼の地は直ぐに出発すれば昼過ぎには着く距離。ただ年頃のエルフその肌には紫外線が気になる天気予報、であれば――。
「――日焼け止め、買ってこようかな」
「エルミア君ッ? お願い急いでね!」
陽光が差し込む新しい一日の始まり。本日も冒険者ギルドは人材不足に嘆く、事と成り。
転生竜、竜生活の幕開けそれは運悪く/了




