growth 44〔転生竜、聖架斬奸〕
――暫し空中戦が続いた後、埒が明かない。と言うよりも問題を解決する気が本当あるのかを疑い始めた頃合いで、初めて指示される。
内容は特に難しい事でもなく単純な進路誘導、問題なく到着する。と。
「いつまで引き延ばしを図るつもりだ? とっくに決着は見えているぞ」
背後に迫る、もとい寸分違わず動向してきた王が最後通告の様に言う。
ただその表情は硬い、息を呑む程に。
「引き延ばす? ふふ、結局のところ見せ掛けね。その剣もそう、形だけを模したところで中身までは再現が出来ていない」
「……――回り諄い言い方は、止せ」
「そーね。じゃあ、私がどうしてトキの勇者って言われているのかを、思い出せる?」
「……キサ、」
瞬き、一瞬。今の今まで足の力で確かに掴み続けていた瑠唯が視界の奥、王の背後に瞬間的な刹那の内に現れる。
ヘ? 何で。
どうやって。何ならまだ指先に掴んでいた感触が、残って。
あと単独で浮いてませんか――ソレ。
「……他者を俗悪と罵り、自己の事となると臆面が無いな、人類等は」
「人ってそういう感じよー。けど棚に上げる訳じゃないのよ。本当に疲れていたの、私」
「ではこの短期間に万全な態勢となり、臨む事が出来たと?」
「フフ、生まれ変わる事が出来るのなら、貴方も冒険者になってみれば分かるわよ。迷宮の中には便利な拾い物が沢山あるの、知らないでしょー?」
「――……戯言を」
「そーね、馬鹿馬鹿しい事だらけだったわ……。だから貴方にも、その戯れを選ばせてあげる。自分が発する、命の声を聞く気は――、あるかしら?」
――? ……何だ。急に――。
前兆と思しき事柄は何も無かった。が突然、突如として体温が上昇し始め肌の焼ける感じが口内にまで、渇かす――全身から水分と呼べるモノが急激に失われていく。
「……人間風情が、我に命乞いをせよと――蔑むか……?」
見間違いか。否、確かに蜃気楼の様な揺らぎが王の身から周囲に――この空間を激情の表情で震わせているのだと実感する。
――この感じは以前に。ただあの試験とは影響する範囲で既に比ではない。
暑ィ、てか熱ィ。
そしてまだ上昇する……?
と思った矢先ピタリと気温の増加が止む。ただ熱い環境そのものは終わっていないまま。
「怒りっぽいのは本物と同じね」
詳細は分からない。が気象の変化を止めたのはどうやら瑠唯が発端であろう、と王の背に向けて放つ青白い光が要因で抑え付けているから、に思える。
ちなみにだが、さっきから翼の動きが悪くなってきた気がする。あと嫌な予感も。
「一つ、いいかしら?」
背後からの不意打ち、思わずビクッと肩が跳ねる。
「ふふ、ごめんなさいね。申し訳ついでに、追加の残業を頼めるかしらー?」
社会人はその言葉が何より嫌いです。――が。
「……何ですか?」
と言うか、手が。これ明らかキテますよ。
「お色直しの時間を、貰えるー?」
ェ着替え。イヤまあソレは――。
「――この状況を、先にどうにかしてもらえれば」
「ええ。じゃ、いくわよー」
ぇ待ァアアア、ッテエエー――。
――竜の姿のまま逃げ回る事が出来れば、と思う請け負いだったのだが。
急速に手足が伸びて翼を失う感覚。不都合は続き、光の拘束を振り解き怒号する王様が、前置く事などせずに火山弾を放つ。
身動ぐことは出来ても意思とは関係なく風で背を押される直接的な距離の狭まり。
咄嗟――。
「“うおおおーーーーっッ!”」
――賭ける思い、流動する炎の中へと突入する。
*
上空、高所へと移動する瑠唯は魔力の磁場と呼ばれる作用で足掛かりを得て行く。
今し方居た位置からは数百メートル先の高さまでものの数秒で辿り着いた後、眼下に広がる街に炸裂する炎を見、ややクスぶる。と。
「――我が真名を以て聖剣を解放する」
切っ先を下に胸の前で手放す金色の十字形が落ちる事無く宙で自立する。その輪郭をなぞるように光り輝く線は燈す形状を脱線し、短剣としての枠を逸脱して本来の十字架を形成する。
「我が名は浪川瑠唯、時空の加護を授かりし者……」
光彩で実体を現す十字の刃は勇者だけが持つ事を赦される――光の剣。
そして聖なる輝きが所有者の後方で刑具を模した十字架の陣を描くと時空を超えて召喚される光の粒子が聖なる木を背負いし者に刑を欺く衣を纏わせる。
――儀式を経て、現界するは偉大なる神使。
「……今ここに、神に仇なす敵を――乖離する……」
次いで開口一番に嘆息し、声にも出す。
「相も変わらずの悪趣味ねー……」
否応無し経由しなければならない様式に対しての悪態は、現状の姿にも及ぶ。
「本当趣味じゃないわー」
目前で待機していた光の剣を手に取り、未だ周辺で残留している聖なる粒子を十字の尖端へと導く。――その一粒が何れは星を成形する無数の神秘。
「憐れみの賛歌、我が愛しきモノの名を加えて祈りの句を省く」
その時、眼下で再び何かが爆ぜる。
また一つの命が終わろうとしている、のを察して。
――瑠唯は地上へと、身を投げた。その手に破壊を携えて。
*
幻象の力が全て元に戻る。――それでも。
対象への妨げとなる炎を突破、その功労はついに焼け散る防火布の最期を感謝で払い実現する。ものの、完全には防げず竜体の表皮が多からず焼かれる。竜様万歳。
――ただ。
「灰燼に帰すれば楽に死ねたものを!」
仰る通りです。
しかも火山弾より王の身体の方が熱く見える。
「焼き切ってくれるわッ」
そしてまさかの手刀。
迫って行く勢いはさっきの炸裂で落ち着いたが、カウンター気味の横薙ぎ。
直接触れれば防御したところで結果は同じ。――なら。
「小僧……っ!」
ちゃっかりと、所有したままだった例の杭。手に持つ分は全く問題が無かったので、この際と攻撃を受け止めるのに使用してみる。
「だが非力よッ」
いやアンタが強過ぎるんだよ……っ!
このままでは何れにしても弾き飛ばされる運命。と思うや否や――。
「逃がしはせん!」
――ファーサイドから追撃の刃。僭越ながら心構えをしていた事で対応する、もう一つの杭を袋から取り出し危うくも受け止める。
「小僧……ッ、キサマ!」
駄目だ。こりゃどうしようもなく、死ぬ。
「手詰まりだ」
――ですね。
挟撃で弾き飛ばされる事はなくなったが、代わりに正面はフルオープン。
で王の口元に炎が揺らぐのを視認。
発火で、対処するかを刹那考えた。が煽る事すら出来ずに終焉するであろうと断念。
「……王に迫った事を誇り、死ぬが良い」
特にその気はないが、ありがたく頂戴いたします。
「逝ねッ、――ヌっ、ぐ……」
――? 予期せぬ、王の動きが止まる。
「……キサ、マ――!」
「ァ、ッ――ゥッ」
何が起きているのか全く分からない。ただ自分はまだ生きている。
「愚か者めッ、自滅するがいい……!」
直後に爛れる声の叫びが狂いを上げて喚く。
……ショウヤさん? 吠える正体、正確には断言ができない。
しかし両手の力も弱めるには尚早と視線だけを落としたところ、一本の金筋が視界に進入し縄の様な物を断ち切って地面へと――突き刺さる。
ソレは――見た者の心を片時でも魅了する。
「やっぱり、拾い物って便利ねー」
ハッと我に返る。
「――キサ、」
「遅い」
瞬間、眩い光が何もかもを覆い隠す。
「“聖架斬奸”」
影をも呑み込む聖なる光輝が仇なす敵に立てる墓標の十字架。
光は世界から全ての像を消失させ、高く聳える果てに分散し夜空へと舞う。
その断罪が行われた後に、色付く世界で唯一人佇む――勇者の姿を、世に焼き付けて。
転生竜、聖架斬奸/了




