growth 43〔転生竜、ならば神は敵を愛すのか〕⑥
今直ぐにでも駆け寄りたい、そんな衝動に抗うのは不可能――しかし突如としてやって来た人物の似合わぬ冷徹な表情で、思いが止まる。
「……――相も変わらずの悪趣味ねー、バカは死んでも治らないってのは、本当なのね」
「フン、世に取り繕う事が有望と判断する阿呆など戦地では万死に値する愚者だ……。ともあれ勇者よ、準備を整えて我に挑む覚悟は出来たか?」
「ええ、模造品の王様に墓標を立てる位の支度は十分にね」
「よかろう。――いざ」
「その前に、その彼女をかえさない? もう必要ないでしょー」
「……――いいだろう。おい、キサマが取りに来い」
王が目で指す少年の表情が曇る。
結果、無意識に自発した自分を無言で手を出し制止する勇者の動向を見た直後にショウヤが動き出し――。
「せめてもの贖い、気高きモノを弔う手掛けとなるが良い」
――客観的視点、生きている命を受け取っているとは思えない。
両腕で抱え上げるショウ年の様子は悲哀に満ち、こちらへと運び歩くその表情は心が悼むのをあらわにした、前兆。
ゆっくりと進行して見える、まるで送葬の為の行進を漠然と凝視し。
「……ごめん、なさい……」
何に。それよりも、先に――。
「ショウ君、其処に。見るわ」
「……分かりました」
貴重品を扱う様に、静かに腰を落とす少年が腕で抱えていたエルミア嬢の身体を瑠唯が示した地面の上で横たわらせる。
次いで彼女の容体を、主に出血し真っ赤に着色された喉元を中心に、瑠唯が視る――と。
「……手遅れ、ね」
――命の有無が横に振られる。
そんな馬鹿な。だって。
「気休めは後にしろ、もしくは死体を運び、我らの邪魔にならぬ所で致すならば強いての干渉はせん」
……ソレ? 何のコトだ……?
「――落ち着いて」
言われなくても分かってる。
だから、――冷静に変われる。
「野暮め。追って逝きたくば勝手にしろ、だが目を見張るつもりは無い。瞬時世を去るが顛末よ」
それならそれで、望むとこ――、ぬ?
指でちょんちょん、瑠唯が肩をつついてくる――度に僅かな感覚のズレが肉体で生じるのを一先ずは気にせず、顔を向ける。
「共闘しましょ、その方が貴方にとっても得策よー」
イヤそれはまあ……、――そうなのだが。
逆に立案者のメリットが、全く。自分で言うのは憚るくらい、足手纏いでしかない。と。
「丁度移動手段を探してたのよー」
ぇ、何って……? ――移動。
「肩がイイかしら、貴方のサイズだと。――爪は、立てちゃ嫌よー。エイ」
そう言って、何故か身長差で手を拾う様にし握られる。
ェ? ぇ、……え、えええええッ? ッ!
※
意識が戻り呆気に取られるワタシを見て、マスターは嬉しそうに笑った。
本当に馬鹿な人なのだと、改めて理解する。
剰え――。
「その、変チクリンな板なら……アタシのを使え、もう必要なさそうだしな……」
――自身の惨状ではなく、他人に思いを遣る。なんて大馬鹿な人か。
「直ぐに治療します」
「バカ……、間に合うワケねぇだろ…、おい…」
「黙っててください、死にますよ」
「…魔力の無駄だ……オマエなら、分かるだろ…?」
「知りません……、そんな研修は受けてませんから」
「……本気で言ってんのか?」
そんな事、ある訳ない。
一目で誰もが諦めれる、如何しようも無い。どんな手段を尽くしても助かる見込みのない状態に、無知も無学も関係なく。ならワタシは――、……何故こんな治療行為を?
「なあ…聞いても、いいか…?」
「嫌です、黙っててください」
「……――オマエ、マジでラン坊のコト……好きなのか?」
こんな時にまでどういう神経をしているのか――。
「――ハラスメントです、死んでください」
「オマ……、ったく。こっちは…マジで心配してんだぞ…」
「何の心配ですか……」
それ以前に他者が口を挟む内容ではない。
「だってオマエ、ラン坊はまだ……」
「子供、かもしれませんね」
「かもって…、どう見ても…」
「でも一緒に居るだけで、問題はありませんよね?」
「そりゃ、まぁ……。けどよ、特別な感情があると…不便、すると思うぞ…」
「何の不都合ですか……」
「じゃあオマエ、ラン坊が危険な状況になったら、どうする……?」
「なんとかして守ります」
「それが危ないんだよ、自分を顧みず…ってのは…、ゴホ……」
「いい加減黙ってください、気が散ります」
「だからヤメろって……」
――分からない。この先、如何なるのか何て、誰にも。――だけど、ね。
「マスター、ワタシはランディ君を守れると思いますか……?」
ワタシって何を――何で、聞いてしまったのだろう。無神経な人に。
「……――さぁな…、でもオマエ、頑固だからな…」
「煩いですよ。マスターには言われたくありません、もう静かにしててください」
「オマっ」
……。――マスター、ワタシは――ランディ君を、守れましたか……?
※
地上に二人を残し、空を飛ぶ。
久々の感覚で覚束ないところもあるが、次第と現状にも慣れてくる。
「フン、所詮は虚仮威しの域を出るものではないぞッ」
でしょうね。
正直自分も何故こんな事をしなければならないのか、理解は追いついていない。
「フフ、背中に羽が生えるのって、こんな感じかしら?」
羽ではなく翼と言ってくださいね、お客さん。と両肩を後ろ足で掴んで運ぶ、何とも納得し難い形式の空中移動を楽しんでいる美女に一瞥をくれる。
「もっと速く、飛べるのかしらー?」
おいおい言ってくれますね。
竜の全速力が試運転の比だと――思うなよ?
「“飛ばすぜベイビー!”」
――無限の彼方へ。
…
初回の守護者戦以来となる竜の体、そのものでの飛行。
可能となったのは触れたモノの呪いを解く勇者の加護がある所以、――何故瑠唯が幻象の力を知っていたのかは不明だが、結果としてその肩を持つ形で行動を共に。
「勝負に馴れ合い等を取り入れるとは、下賤……!」
「あら、人間ってそういう生態よー。負けた時の言い訳かしら?」
「笑止ッ」
とか何とか互いに言葉でも争いながら、基本は俺の意思で飛ぶ経路の先々で魔王の方から勇者に斬り掛かる、のを繰り返す。
傍から見ると防戦一方で逃げ惑っている様に思える。てか自分的にはそう思っている。
――しかしだ。
「もっと肩の力を抜いた生き方を、魅力と思わないー?」
「力無き生き方に生は媚びぬ……ッ!」
突っ込んでくる力の塊その圧力を容易く輝く十字の刃で受け流す、衝撃が自分には殆ど届かない。
まるで戯れ、あの魔王を相手に。どうやって……?
そもそも俺が肩を掴んでいる分で可動域は狭まっている筈なのに。移動手段にしてもだ。
「遊び心が無いのね……、ツマらないわー」
「王の在り方を値踏みするなどッ、神気取りの平凡な民と同義――!」
一層激しく、大気すら視覚的に飛散した様に見える一撃の威力――も依然自分まで完全には達さない。
続けて飛行する、その全速に王は悠々と付き纏い。
俺、本当に居る……? 自己否定で自分の方が肩身の狭い思いとなる。
「神に嫌われると、行く行く困る事になるわよ?」
「そんなモノはとうの昔に食い殺してやったわ――ッ!」
ああもうッ足下でゴチャゴチャと、さっさと如何にか――、もう焦れったい!
転生竜、ならば神は敵を愛すのか/了




