growth 42〔転生竜、ならば神は敵を愛すのか〕⑤
これまでずっと僕の生は蔑ろにされてきた。
けれど違った。
初めて“死”が僕を放さず、命を弄んだ事で自意識が壊れ“生”が剥き出しとなった。
ずっと間違っていた。
命を軽んじていたのは僕の方で、死と向き合うのが恐かったのだと分かった。
自己保全を基に駆る行動、その考えから脱した僕は変わる。――筈なのに、まだ。
「――諄い」
再度、僕を見る例の瞳が変わらず。
まだだと苦し紛れに投じる刃は呆気無く途切れ、項垂れる。気持ちの上での頭打ち。
「……何で」
何度も繰り返し放つ言葉、今度こそはと意気込んだ末の失望に喉を震わす。
「人間よ、命の価値その何たるかを理解せぬキサマらに説く事などないが――敢えて言おう。世の理に、平等な死は無い。価値有る死にこそ価値有る命が存在するのだ。生にしがみ、死は受け入れる事なく謳歌する。玉砕名誉に殉じ自我の価値を見い出す覚悟は勝敗を決する已然の、敗北者に他ならぬ」
……ぁぁ。そう、だ。――思い出した。
「二度と言わぬ、さあ――失せろ」
完全に見下される。ソレこそ、強者の在り方に。
――長柄錫杖。
精霊を宿す、地殻の跳ね上がりが払い落とされ無動となった刃を多角的に多方面より上空の標的へと弾く。
その中には括り付けた杭を含み、急速に迫る英雄殺しの矢を――王が見抜く。
「下賤な代物を度々……、――ヌっ何だと……?」
いつしか王の足を巻く縄。一見すると細長い繊維物だが、その実は宝器。一本で繋がる使用者との体験の連帯が、動きを結び付ける。
頼みの綱――、少年が多くの英雄を穿つ切っ掛けとした最終手段が王の身動ぎを縛る。
唯一の難点は、縛る側が動きを完全に模倣させる対価として感覚を共有しなければならない事。その迫真性は痛みを伴い皮膚に疵跡をも残す……。
「ァ――、ッッ?」
唐突に胸が焼ける。
体が、内から激しい熱量で肉を溶かし自身の原形を保つ事も困難になる程――の感覚が、事柄として自分を熱する、痛苦。
抗う事は不可能な反射の緩み。
機を逃さずに抜け出す竜の翼音が煽る一時の風で矢を一蹴する。――と。
「見るに堪えぬ惨めな様よ」
地に下り立つ、竜の王が余熱で意識を焼かれて朦朧とする頭部を掴み――上げる。
「ガッ! ァツ……ッ」
「つぶさには知らぬ、知る気も無い。キサマは先刻の衣といい命の在り方を弁えぬ愚者だ、元来我はその在り方を赦す事は無い。しかしだ、キサマには断ずる気すら起きぬのは呆れ以前に不可解。故、推測するに呪いの類いとすれば合点がいく……」
弱者の加護――、理が加護者に勝ると判断した者からの危害を寄せ付けない。
「今すぐにでも不躾な……この手中を、握り潰したいという激情に駆られているにも拘わらずキサマを生かす方へと転じていく胸中が腹立たしい……ッ!」
フッと頭蓋の痛みが和らぐ。同時に着く足が正常になりつつある身体で辛うじて地を踏み締める。
「……――時に、キサマが連れて行った者達の安否に気遣いを持たぬのか? 嘸かし悶え苦しむ状況と見えるが……」
ェ。何――。
「愚鈍め、楽に知れたわ」
――を。
「教えてやろう、キサマが如何に愚か者なのかを」
再び足が浮く。次いで牽引される方向へと否応無しに連れて行かれる、その先は今し方視線を向けた所。
「我に虚偽を働くその在り方、真事に嘆けッ!」
――ッ……ァァ。
▽
最後の英雄を殺した僕の前に現れたのは神。
――血に染まる、その姿を見て何を思ったのかは分からない。
僕を見る悲壮な眼差し、そして神は言った。
「キミはこの世界で一体何人の英雄を殺したのか、覚えてはいるかい?」
「……――分からない……」
「なら、キミが行った事をキミ自身が正しい事であったと、思えるだろうか」
「――……ソレも分からない」
「では願いを聞こう。キミが成した事は“恩寵”に値する」
「……恩寵?」
「俗に言う願望のコトだ。キミの望みを一つ、叶えよう」
「――……望み」
「そう、キミが願えば血に塗れたこの世界を平和に導く事すら可能だ。逆に全てを破壊し尽くす選択も出来る」
「……破壊」
「――さあ、キミはどの様な願望を望む?」
「僕は……」
△
――本当は、ずっと、変わりたかった。
強く在る事に憧れて弱い自分を直したかった。
けれど僕は変われなかった。繰り返し、何も。他人に成ってもソレは付き纏った。
弱さがいつも、強いモノに従って生きろと。――喉元で纏わり付く。
「選ぶがいい、キサマが自ら死を受け入れればこのエルフは死なずに済む」
運命が何故僕を嫌うのか、……分からない。
*
起掛け何が起きたのか暫く理解できなかった。
漸く状況が飲み込めた時には、既に事態は確定し流れに身を任せるしか。
「狡猾な道具だ。ソレで己の喉を突き死ぬがよい」
先刻ショウ年の足元に投げ捨てた例の杭。――十中八九ソレと示す。
「案ずるな、これは強要ではない。命欲しくば大人しくこのエルフが死ぬのを見ておればよいのだ。キサマに危害を加えるつもりは無い」
冗談だろ。そんなの、精神的には苦痛でしかない。
確かに死の運命は避けられるが、その後の。
「……卑怯だ、そんなのは……ッ」
言うじゃないか少年。
「キサマが品を問うか。ならば神を名乗るモノ共は如何だ? 自らは手を汚さずに、不要とならば悪として断じる。ソレを卑劣と言わず目の前の欲を貪るモノを差して価値を決める、それこそ卑しい利己の概念と思わぬか」
あるあるっちゃーあるあるだけど。大体魔王って存在は古典的な口調で独自の理詰めが定番、あとイイ声。
「……その人は、関係ない……」
イヤ。
「フン、戯けが。部外者を寄せ付けぬ戦の場において存在する時点で渦中の的であろう」
そういうコトだ。――しかし、そういうコトなら一石を投じよう。
「――あの、私達には大人しくしていれば無難に過ごせると言いましたよね……? その点は如何釈明されるおつもりでしょうか」
「ほう、やはり小賢しいな小僧」
どうも。
「キサマらはあのオンナの差し向けであろう、言わば同類だ。不満を募らせるのは内輪が歪んだ故、我を批判する道理では無い」
ァなるほど。――引っ込みます。
「異論が無ければ決断しろ。――選ばずとも、結果は見せしめてやる」
そう言って、エルミア嬢の喉に宛がわれた王の刃が肌を押す。
それを見て、決断する。というか、そうしないとイケない気がするのだ。
結果的には前回と同じ、でも今回は本気度が違い過ぎる。と、杭を拾い上げる。
「……小僧、何のつもりだ?」
「私が代わりに死にます。それでも構いませんか?」
「ほう、面白い。それも一興、遣って見せろ」
御意に。
スっと杭の先端を喉へと向ける。
なんか、不思議な気持ちだ。
前は判断が遅いと言われる程に惑っていたのに。
今はそうしなければならない感情に支配されている。
エルミア嬢、そしてショウヤさんを救う為には自分が犠牲になるコトが正しいのだと信じられる、何故かは本当分からない。
けれども――これでイイのだと、申し訳ない気持ちはありつつ彼女を見納め、――違う。
そうじゃない。ソレは違う。
刹那焼け始める空と海に浮かぶ船の上で微笑する彼女の姿を思い出す。
始まりが唐突、運命は穏やかに――。
時間が彼女の血の流れに染まっていく。
――薄まる瞳の色は王の腕に掴まれたまま、だらりと力を無くし視線を地に落とす。
「待っ……、エルミアさんっ!」
時を同じくして、誰かの足音が自分達の背後で――立ち止まる。