growth 40〔転生竜、ならば神は敵を愛すのか〕③
竜の翼を生やし黒い衣を纏う。
瞳は圧倒的な存在感で、放たれる真紅が肝を射貫き背筋を凍らす。
体格は怪獣と似付かず一般男性の範疇だが、全く容量と合っていない。
猛獣を見て、威圧される感覚の比ではない。山を観て、その壮大な全容を認識できないのと同じく視界に収まり切らない質量が小さな――筐に。
……一体自分は何を前にして。震えている……のか。
「――小僧、我の目的はあの勇者の命だ。妨げる意思が無ければ食い殺す気など無い」
ぉ。……なるほど、そうか。
「察するに、いいように使われたか。大方時間稼ぎが狙いであろう」
下手に発言はせず、即で頷く。
でも駄目でした。
咎めるような瞳が精神を視殺する様に一層気力を萎えさせる。
「見たところ、人では無いな小僧。竜族か、だが不釣り合いな器に身を入れているな」
ぇ、神器の効力だよね……幻像。
「全容は分からぬが、竜人に対する当て馬か。風刺――不愉快な人間の考えそうな事だ」
あれ、怒っていらっしゃる……?
「早々に去れ、先の言及は違わぬ」
しかしそう言われましても――足が。
「……――命惜しむ者に一世は務まらず、余生を楽しむがよい」
王が吐き捨てる。そしてココロを蹂躙した竜は自らの足で、横を通り過ぎて――行く。
「――クァッ“待て”」
王様の歩みは止まらない。
「“俺の知ってる竜人は、子供に背を向ける臆病者じゃなかったぞ”」
音が已む。
「思い違えるな、小僧。信念とは平等に根差すモノではない、分かち合えぬモノこそが美質と言えよう」
ヤッベえ、震える。
――けど。
「“ガキ一匹相手に出来ない王様が、体裁を保ってるつもりですか……?”」
まだちゃんと始まってもいない“俺の物語”を値踏みされて、黙って見過ごすほど中年は大人じゃない。
「……――塵逝く覚悟がアレば申し分ない。遊んで見せろ、小僧」
ァやっぱり、後悔は先に立ちませんでした。
ひぃイイッ。
*
――独りになって、瑠唯は呟く。
「結局、行っちゃうのねー……」
勇者と言えども心を操る術はない。
あくまで死の予言は、度重なる死を経験した者の感覚で述べる。
現状の彼は、直感的に言うと――。
「――ふふ。お姉さん、困っちゃうなー」
あと少し、三人が耐えてくれる事を――願う。
*
山で例えたが間違いはない。
――というか火山だ。
降り注ぐ火山弾が今踏み付けた地面を溶かす。立ち止まれば即液状化するであろう流体の炎が容赦無く尻に火を付けて死に物狂い、走り回る。
熱いッ、熱いってッ。
俺って現状竜体だよね……?
どうなってる。てか勿体無いのではなかったか。
あと、しばしば何か言ってるが飛んでる上に必死で逃げているので耳に入ってこない。
――事を理解したのか、突然流動する雨が止む。
今の内に深呼吸――、空気が熱い!
「小僧、いつまで逃げ回るつもりだ。大きな口を開けた甲斐を見せぬ間に消え逝く気ならば容赦をせぬぞ」
ぇ、コレで加減されてたの……。
というかイイ声だな、低音ボイスの。何もされてなければ胸が締め付けられるぜ。
「――興醒めだ」
まあ待ちなさい、よっと。
行き成りの接近戦はさすがに無謀。ならタマ数は幾らでも転がっている残骸を使用、要するに戦地の石板を――、ぶん投げる。
そりゃッ!
端から経験値では相手にならず発想も漫画や映画の域を出る事はない。
なら徹底して現代文学の威力を味わうがいい。
「――茶番だ」
いえ、石板です。
この後の事は知らないはずなので手に取れる限りは次から次へと多方面、動き回りながらに投げ付けて、有り難く破壊の方は相手側で行ってくれた、――ところで。
ここぞとばかりに粉塵漂う宙を行く、瓦礫の陰へと跳び付く。
「小賢しいッ、――っ?」
どうも。
跳び付いた残骸を一度蹴る、三角跳びの要領で――すれ違う、その時に繰り出す――拳。
「ッ――!」
え。うろたえる、イヤ実際に面食らったのは相手の方なのだが。
予想だにしなかった展開で危うく着地を失敗し掛ける。
えっとー……。
居心地の悪い沈黙。
自分は地上、相手は空中、互いに様子を見つつ行動には移らないまま。
そろそろその殴られた角度を維持した状態で見てくるのを、止めてくれませんか……?
すると思いが届いた、とは思えないが通常の在り方へと頭部が動いた後。
「小僧、何をした?」
何とは……?
「竜族として風変わりな様相であることは認めよう。しかし分類階級、属種の隔てを越える事など生物としては有り得ぬ。今し方の鉱物擬態は地竜の性質、だが小僧――オマエは地竜ではない」
……鉱物擬態? 何を言ってるんだ、俺はただ普通に建造物の残骸を使っただけで。
――ゥぐ……本当に、視殺が出来るんじゃないのか……?
「過ちを認めよう」
ヘ、何……?
「実力を行使し対する者に手の内を明かすなど愚か、問答無用で奪い知るが戦地の心得」
ぁ、何で。スゥーって下りて来ないで。そのままでいいよ。
ていうか羽ばたかずに、どうやって……?
「興味が沸いた。小僧、手を休めず我を攻め立てよ」
ェMなの? バ――と馬鹿な事を言ってる場合じゃない。
最高の時間稼ぎが出来るシチュエーションじゃんか。
正味強い人の考えは分からんのですが、最大限に利用させていただきましょう。
それでは――小僧、行きまーすッ。
*
一先ず呼吸を整える。
周辺は荒廃しているが視界にハッキリと姿も見通せる。
理想を言うのなら距離を詰めたい。
けれど目に入れているだけで精神的にも辛い。
射程距離の限界で、冷たい何かがゾクゾク気持ちの芯を凍らせる。
ダメだ。恐怖のあまり口角が緩む。
自分を落ち着かせる為に、エルミアは深く息を吸い――、吐き出す。
「……ヨシ」
周囲に術式を展開する。
魔力の集合点は両手で握り締める杖頭の宝石――。
「……ワタシは逃げないよ、ランディ君」
――全ての力、可能と思われる自身の限界を超えて尚もエルミアの火は燃え上がる。
まるで命を焦がす様に、彼女の力はこれまでの生涯を通し最上となる光を地に流す。
*
改めて、言われたから思う事だが。
俺は一体、何の竜だ……?
イヤ創造竜ってのは聞いて知ってはいるが、――創造。
創造り出すコト、とは――。
「……小僧、我を冷やかしているのか……?」
――いえ、全力で殴打してます。
寧ろ棒立ちで食らっているのに何の反応も見せないとか、フザケてます?
「戯れ事を続けるのであれば今直ぐに払い絶滅り、我は行く」
どないせいちゅうねん。自身にもよく分かっていない事が、ドわッァ!
危ッ!
「興に入ったのが誤りであった。最早甲斐無し、滅すぞ小僧」
ソレって大人の都合なんじゃないの……。




