growth 39〔転生竜、ならば神は敵を愛すのか〕②
平然とした様子、普段と何も――イヤさすがに疲労が肩で息をしている。
しかし他はひょうひょうと、所々赤い染みがあるブラウスに不似合いな態度で健在。
結果この場で身を隠していた誰もが思った事と思う。
けれども口に出来る者は恐らく居ない。
代わりに上辺だけでもと――。
「……血が、大丈夫なの……?」
――遅くショウ年に先を越されてしまった。
「ふふ、大丈夫じゃないって言ったら、代わってくれるのー?」
相も変わらず小悪魔的。
「……無理だよ」
「そーね、ショウ君には――まだ無理そうね」
イヤ、他の誰でも渡り合えないでしょ。
情けないとは思うが現実的に言って論外、自分達は文字通り戦力外の存在だ。
ただ、だからといって。
「――勝機は、ありますか……?」
傍観者で居られる筈はない。
少なくとも今はまだ、可能性のある内に。
「このまま闘り合っても、倒すのは厳しそうねー」
マジかよ。
「単純に準備不足、予定に無かったものー」
俺に関して言えば計画にすら無かったが……。
「……何が不足していますか?」
「そうね、人手と手段かしらー」
抽象的だな……。しかし人手と言われても。
「馬鹿正直に向き合ったら、秒で終わりますよ……」
「魔王ってそういう感じよねー」
逆にソレと立ち回るのが勇者な所以。
他は脇役に徹するしか。
「けど、安心して。アレは本当の魔王じゃないわー」
ソレはどういう。
「回りくどい言い方はヤメてください、今は付き合う必要性も感じません……」
先刻まで外の様子を窺っていたエルミア嬢、いつの間にか近くに。
「場をわきまえる大人の心得、エルちゃんさすがねー」
――エルちゃん……。
「そういうのが余計ですっ」
そうかな、悪くはないけど。も。
「ふふ、そうね。少しだけ真面目に話しましょうか、アレの正体を――」
あー。興味はある。が、一つ懸念。
「大丈夫ですか? そんな……」
「――心配ないわ。遊んでいるのよ、今も、前も、ね」
何処か確信を持った瞳で、瑠唯が告げる。
ならばと言って安心は出来ない。
何故ならこの空間に入った時点から、薄々でも皆が同じ感覚に行き着いている事と。
どのみちこの戦闘からは逃げられない。
安全地帯など、何処にも――存在しない事を、感覚として――理解している。
*
瑠唯が転移した世界では大別して三種類の集団が世で事を成す。
人類、生物種としてのヒトでありエルフ等もこの種族に含まれる。
竜族、ドラゴンで名高く強大な爬虫類の姿をし翼を持つ。
竜人、人と竜の間に生まれる交雑種。
共通の認識として主神を崇めるその世界では、人類そして竜族から虐げられる竜人が他二つの勢力を相手に争いを続けて長らく――勇者が竜人の王を討つ事で、終戦を迎える。
王は今際の際に言う。
“世が安んずれど我が念願が休まる事は無い”と。
唯一無二の好敵手となった勇者は竜人王の悦びを感じながらも、冷淡に述べる。
「虚しい伽藍の夢、いつまでも深く永い眠りに墜ちて、目覚めないでくれるかしら」
王の最期は綻ぶ。肉体は消え逝き、散り散りと舞う。
そうして瑠唯は悟るが言葉にはせず、世は久方振りの安らぎを得る。
*
「――勇者が倒した王は既に魂すら、存在しない。二度と復活する事は考えられないわ」
「でも実際に……」
「アレは思念体、恐らく世界規模の迷宮が再現するのは世界級の妨害者ってコトよ。中身は、偶然の拾いモノってところかしらー」
予期せぬ魔王なんて、ゲームならバグだぞバグ。
とはいえ正式な仕様で登場した以上は――。
「――……倒さないと、この先には進めませんよね?」
「アレを止めているのは守護者としての枠組みよ、当然打ち勝つ必要があるわー」
「ですよね……」
率直に言えば絶望しかない。
「けど、勝てない訳じゃないのよー」
え。イヤでも、さっきは……。
「私の聖剣で一撃、邪魔が入らず叩き込む事ができれば、十分に可能ねー」
なるへそ。なら。
「――何が必要ですか、自分にも出来る事はありますか――?」
「あら、助かるわー」
ヘ。なに故後ろに――。
「なるべく時間を稼いで逃げ回って、頂戴」
――言い切るのが早いか否か背面を圧す目に見えない謎の厚さを感じ取る。と次の瞬間には、幼い身体が宙に浮き。
「いってらっしゃーい」
先刻空いた壁面の穴から打ち出される、振り解く事も出来ない強制力のッあああああ。
「ランディ君っ!」
風ッ? エル、ミッァアアアサアア――ッ!
*
烈風の如く飛び出す子供を追って、エルフの人まで行ってしまった。
残った僕は、方法は分からないけれど意図して進めたであろう人物に憤る気持ちで目を向ける。とズリ落ちる様に座る、その背後の壁にまるで刷毛で辿る赤い筋を見。
「――……大丈夫?」
「あら、私のコト……心配してくれるのー?」
いつもそうだ。この人は、いつも本心を見せない。
分かる。僕も、そう。――いつも。
「傷は暫くすれば治るわ。その間に、頑張ってもらいましょー」
「大丈夫……かな」
「二人なら、殺されはしないわ」
「……何で?」
「ふふ、女の勘よ」
それは何の根拠にも――、否。
「僕も、行って助けに」
「ショウ君はダメよ、行けば誰かが死ぬかもしれないから」
「何で――、――……僕って、そんなに弱く、見えますか……?」
「どうかしら、少なくとも一度私はショウ君に殺されかけたわー。ソレは事実よ」
「……なら」
「思い遣る事が、正しい答えに成るとは限らないのよー」
「――ソレは、分かってます……」
「ねえ、ショウ君」
「……何?」
「少しだけ話をしましょ」
「――何の」
「ずっと気になってたコトを、教えてほしいの」
「……ハイ?」
次いで彼女がソレを口にする。
不意に思い出す、過去の記憶。
――僕は――何の為に、生まれ変わったの、だろうか。
*
背を圧す風の勢いが弱まる。
――既に変転は完了している。
何処に来たのか、何処まで飛ばされたのかはさて置き。
思い切って脱出を試みると意外にもあっさり解放されて地面に下り立つ。
と同時に後悔をした。
先に立たずとは言うが、まさか直ぐ傍とは……。
「小僧、使いならば用を成せ。邪魔立てするつもりで来たとあらば即刻刎ねる。答えよ」
何を? とは言えない。言った瞬間に間違いなく、自分が死ぬと理解できてしまう。
ああ、さて――どうすればイイのよ……、コレ。




