growth 38〔転生竜、ならば神は敵を愛すのか〕①
始まりの迷宮で、初めて転送装置に乗った時と同様に。
淡い光に包まれる身体がふわりと浮き、視界が真っ白に染まる。
次の瞬間には別の、新たな景色が見えて――無くなっていた重力が全身に圧し掛かる。
驚くのはその後だ。
見慣れた風景、よく知った色味、懐かしい文化の形式。
全てが記憶にも残る現代の――街並み。
分からないのは見知らぬ土地、地元感の無い生活地域外を眺めて呆気に取られる感じで佇む――と。
スッと隣に立ったのは瑠唯。
街ではなく、日が落ちて雲の出ている月夜の空を見上げている。
「――皮肉ね、世界から見れば地上はまだ宙の下じゃないのね……」
どういう意味かは分からない。が、自分にも一つだけ言えそうなコトがあった。
「ここはレストエリアでは無さそうですね……」
「守護者戦の前に、休憩地は無いわよ?」
どうも浅知恵です。
「……でも、何で外の……」
俺も、純粋にそういう疑問を口にすればよかった。
「迷宮は環境依存するのよ、完全じゃないけど。理由と言うのならソレね」
「これまでの場所も……?」
「おそらく世界規模で“地下”の概念を取り入れたのね、一個の迷宮としては最大級じゃないかしら」
そういうコトだったのか。
ま、異世界を丸ごと迷宮の土台としたんだ。文字通り世界規模で間違いはない。
――だとしても。
現代の街並み、主にオフィス街をそのまま実現したと思われる作りは博物館等の展示物とは訳が違う、もとい比では絶対にない。
人の姿こそ無いものの細部まで、てか現実だろ。もうコレは――。
「――……広そうですね」
「どうかしら、実際には何処までもって訳ではないと思うわ」
「ェでも、空とか……」
「そうね、かなり高そうね。けど、限界はあるはずよ。ここはまだ、迷宮の中だもの」
マジか。どう見ても普通の空に見えてるが、これが……。
「――一つ聞いてもいいですか」
エルミア嬢、さっきまで――てっきり面食らい続けているものと。
もう立ち直りましたか。
「あら、何かしら」
「……――何に、怯えているのですか……」
ん? 何が。
突然どうしたエルミア嬢。
だが意外にも、想像した様子とは違い肩透かしを食らった表情をしたのは寧ろ問い掛けられた方、で。
「――ふふ、勘が鋭いのはお互いさまね。仕方ないものねー」
何の話だ……?
「そーね、説明は――もう必要ないかしら」
? ――何だ、……急に。
手が、イヤ――全身だ。
震えが――、急に、……何だ? コレは。
「どういう風の吹き回しかしら、――死んだモノが生きてるなんて」
何。イヤ、――確かに原因はソレだと直ぐに理解した。
瑠唯の見た先で、電柱の上に下り立った人影の姿が背景の月に照らされる。
一個体として存在している事が疾うに信じられない。
漠然と巨大な意志の塊を連想させられる。
事実言葉を発するまで、本当にソレが人の形をした何かだと思わされていた。
誰に、ではなく――自分自身が、そう思いたかったのだ。
「我が恐れたのは死では無い、事失う執念だ」
――……冗談じゃない。
「あら、しつこい男は嫌われるわよ」
何で――面を向かわせて話せるんだよ。
「自己嫌悪で引き下がる程度を執着とは言わぬ」
「なら、貴方の目的は何かしら……?」
「……知れた事を」
間違いない。確信を持って、言える。
「我が願望は唯一にして不二、勇者よ――その強さたる存在を我が手で真に屠らせろ」
――魔王だ。間違いなく此奴は、魔王だ。
「痩せた夢ね、こんなちっぽけな女の命が欲しいなんて――惨め」
「構わぬ。ソレのみに執着した思念よ、因らず終われば形は成さぬ。――意坐」
いつの間にか、武器を手に取る二人の視線が白熱とした雰囲気を作り出す。
今正に始まろうとする、恐らくは世界を揺るがすであろう世紀の一戦。
――ですが。
え、何? この感じ。完全に蚊帳の外だし。
無論入る気は毛頭無いが。――せめて文句は言いたい。
その走りとして。
あのさ、一応確認、俺って主人公……なんだよね?
我が異世界、――いまだ遠く。
*
勇者が辿った旅の決着、その最後に竜人の王が発した言葉は個に対する呪いの様な言辞だった――。
“世が安んずれど我が念願が休まる事は無い。我らは代わり合い殺し合う定め、即ち死は救いとも、成らぬ……”
幾度の死を重ねて辿り着いた結末、その先で今度は自分が待ち受ける側と成る。
終わりの無いメビウスの帯が敷かれた道を生きる、いつか敗北しても次は自分の番となり繰り返す、終の無い呪い。
戦いの舞台は世を選ばず、対する争いは再び戦火を交え――地を揺らす。
*
戦火を逃れて駆け込んだ。店内が建物ごと揺れ動く。
……――派手に争ってんなー。
戦闘が始まった当初は、身の危険を感じつつも一応場に居合わせる事で味方としての体裁を取り繕う気が、あったのだが……。
結構早い段階で――アレ? これ俺らって、要らなくね……。と理解しました。
実際観戦していた数分の内に周辺は瓦礫と化し、何だったら避難してくれれば気を遣わず戦えるのに位の視線を受け取った、ので他二人を連れて此処を隠れ家とした訳だ。が。
――度々起こる振動が一際強く、架空の世界を動かす。
……場内では、一体どんな事が。
「このままで、いいのかな……?」
ショウ年の言いたい事は分かるけども。
「行っても、邪魔になるだけだと思いますよ」
「……そうだね」
少年は一先ずコレでいい。――ただ。
「――エルミアさん?」
あからさまに外の様子を気にしている。
ソレも分かる。
「ランディ君、聞いてもいいかな」
へい、何なりと。
「……さっきのって、ナニかな……?」
「さっきの?」
「うん、今でも……信じられない。姿を見た瞬間に、身体が……何も、考えられなくなって、――アレは本当に、人なの……?」
なるほど。しかしだ。
「スミマセン、私も初めてで……」
なんとか手を引く事は出来たが、ソレも周りで破片が飛び交った後の事。
決して余裕を持ち行えた事ではない。
「そう、だよね……」
だが一つ気になる事がある。
それは――。
「――ショウヤさんは、如何でしたか……?」
実情は分からないものの、意外にも三人の中では一番動揺が少なく見えたのだ。
「僕は……、一度見た事がある、から……かな?」
まあ平常運転か。
「――どういうコトですか……?」
「うーん……、よく分からないけど……たぶん、凄いんだと思う……」
寧ろその表現が凄まじい。
「比較にはならないけど、あの剣に似てる……感じかな?」
「剣、ショウヤさんが持っていた?」
「ぅん……」
ああ、何となくだが、分かる。
魅了されたとも違う、けれど引き込まれる謎の力。
存在自体が引力圏を持ち、脱出が困難になる人の心を惹き付ける……カリスマ性。
それはまるで神の領域――。
「あっ」
突如として外の様子を窺っていたエルミア嬢が声を上げる。
――え? や否や再三の衝撃で既に蜘蛛の巣ばりにヒビの入っていた表側の壁面がアクション映画さながらにぶち破られ、店内にキラキラと硝子片が舞い散る――中で、も。
「あら、ここに居たのねー。巻き込まれてなーい?」
予期せぬ結果辛うじて、誰も。
しかし他の誰でもない、いつも通りに悠長な物言いをし心配する当事者こそが――。
「瑠唯さん……」
「なーに? ショウ君」
――血に染まる着衣。傷を、負ってるじゃないか……。




