growth 36〔転生竜、笑う時にも心には悲しみあり〕③
坊や、何を言ってるんだい?
声に出来ない言葉を心の内で示す。
伝わっているのか如何か、反応も定かではない。
「君は、何……?」
「僕はお兄ちゃんたちのコトを見てた。女神様と一緒に、お兄ちゃんのコトも聞いたよ」
――どうも事を見守る他に、出来るコトは無さそうだ……。
「……何のコト?」
「お兄ちゃんは、いっぱい大変だったね。だからもう苦しんでほしくない、僕が代わりになって空いちゃう穴を埋めるから、――安心して」
「何で、君が……」
「お兄ちゃんと同じだから、僕もずっと変わらない毎日が苦痛だった……」
「なら代わりに、ならずに……」
「僕じゃダメなんだ。僕はお兄ちゃんよりもずっと弱い、から」
「……でも、僕は」
「ねぇお兄ちゃん、どうして自分が居た所じゃなく別の世界をだいしょうにしたの?」
「……それは、なんとなく……」
「まもろうとしたんだと思う、僕は。ツラいコトばっかりで悲しい世界でも、お兄ちゃんは英雄って呼ばれる人たちと同じように、世界をまもろうとしたんだよ」
「――違う、僕は、英雄なんかじゃない……」
「うん。でも世界をまもったよ、お兄ちゃんは――」
ええ話やないかと貰い泣く、心では変わりなく。
されどもセカイの変化は無視が出来ない薄さにまで、色褪せている。
なんかヤバくないか……?
このままだと、代償が如何とかの前に。
「――もう、終わりだね」
「待って……」
そうだ待つんだ。
「お兄ちゃん、最後にお願いを言うね」
「……お願い? ――何」
「スプランディをてつだってあげて」
「手伝う、何を……?」
「分かんない、大人のしたいコトってムズカシイから。でもお兄ちゃんなら分かるよ、たくさんツラいコトを見てきたから、きっと分かる」
待てって、なんか勝手に。
――グンと、今度は反対に精神が、身体に引き寄せられる。
視界は已然自分のまま、別人だった肉体から何かを押し出す感覚を経て――元に戻る。
その刹那、確かに幼い少年を見た。
咄嗟に差し伸べるが届くことはなく、ひだまりの席を埋める自分の目に自身の姿が空へと薄れていくのを、――何も出来ずに。
『スプランディ……もしも、生まれ変わったら今度は、たくさんの冒険を……』
待っ。
*
――其処は異世界、文字通り現世とは異なる別の空間。
精神だけが訪れて心で浮遊する。
ところが暗く、対象だけが球体で輝き意識に浮かぶ。
暫くして、何処からか意識に直接声を掛けられる。
『いつまでその様にしているのでしょうか……』
その様にって、別に上や下が在る場所ではないだろうに。
『それはそうですが……』
てか前回の出張所と違い、ハッキリとしてないか。
『神器の呪縛が解かれ、理想とする具現は叶わずとも力は戻りました』
それは良かった。
ただ現状はマイナス面の方が際立っていると思える。
今は夢心地だったのなら、さぞかし好かったであろうと。
『……共立つ者達もアナタのコトを待ち侘びていますよ』
じゃあ何故寄越した。
『尊い犠牲があったコトは否めません。ですが成し遂げるべき事を成したのです、指示を仰がれるモノとしてソレに賛辞をおくるのは当然の事と』
フザケるな。イツ誰が、指示を仰いだ? 助けてほしかったのはそっちも同じのはず。
『……――仰る通りです』
声色で分かる、相手の申し訳なさ。その閉じた言い分を聞かずして当たるのは、良くない事と――。――ごめん、言い方が悪かった……。
『いいえ、既に告げた力不足の招いた結果、それ以上に申し開く事はありません』
確かに理由は園へと移った後、真っ先に告知された。
理想としては、現実を受け入れて納得し皆と居る肉体へ戻るのが正当と、思う。
しかしかれこれ一時間位はウダウダと、神を困らせている――のは分かっている。
大人気無い、けれども遣ろうと思えば強制的に追い出す事が出来るであろう、その優しさに、自分は甘えている。とも思う。が。
大供が前へと進むには、相応の理由が必要なんだ。
――……聞いてもいい?
『遠慮なく』
あの子とは、また会えるかって話。
『……完全な形で再会する事は二度と、叶いません。しかし一部の記憶を引き継ぎ生まれ変わる可能性はまだ、アナタの願いに託す事が出来ます』
と言うと?
『アナタ方の活躍で、私が管轄する世界は一つを除き滅亡の連鎖を免れました。結果神の力を取り戻す事にも繋がり今や安定しつつあります。ですが欠けた穴を直ぐに塞ぐには相応の恩寵が必要となり、未だ頼らざるを得ません』
それは、さっきも聞いた気がするな。
『ハイ。その上で、彼の者を転生させる事を願われれば、多少の記憶を引き継がせる事を明言します』
全部ってのは無理なのか?
『当初の蘇生であれば可能です、が魂の一部は既に代償と成り戻る事はありません。完全でないモノを器に入れるコトは当然ながら危険、であれば失った部分を補う新しい固有の精神が必要となるのです。結論として同一とは至らず、似通う別人と成るでしょう』
それでも、記憶は残ってるもんなの?
『確実とは言えません。どの程度なのかも運次第、取り留めのない形になれば却って苦しむ障害になるやもしれません』
そうか……。
『しかしながら、そう成らぬよう行く末を見守る確約をしましょう』
具体的には。
『アナタが望まれれば、どの様な形であれ彼の者が不幸な一生を送らずに済む。言わば神の御法度、えこひいきです』
イイね気に入った。
そしてヤル気も出た。であれば、――先ずは何から?
『ハイ、世界を創造するに足り得る恩寵です。それには此度の迷宮が該当します』
要するに結局は迷宮を攻略しろってコトね。
俺の求める答えはいつもそこから切り出される定期。
オーケイだ。じゃあ、例の如くお願いします。
『さすれば――アナタの願い、新たなる刻の祝福にて世界を彩る稀少な一輪の華とせん』
決まり文句、今回ばかりは少し意欲も掻き立てられる。
『少々不穏な空気もありますが、アナタ方であれば難無く熟すことでしょう』
神様って別れ際に懸念材料を提供する義務でもあるのか……?
まあいい、戻らずには何も分からない。
いずれにしても主だった目的を達成できた。世界創造の件は一先ず、エルミア嬢はきっと満足しているはず。
今や凱旋気分、やや遅れてしまったが――皆の、ところへ……――。
*
――エルミアの突き出す銃口が二人を狙っている。
恐らく対象は立ち位置的に奥の瑠唯だとは思うが、射線を妨げる少年の身が先に危ない。
「お、落ち着いてください……!」
「邪魔をするのならアナタを先に撃ちます」
起きたばかりの自分、次いで瑠唯と目が合う。
「あら、愛しの彼がお目覚めになったわよー」
同時に少年とも見合う――が。
「フザケないでっアナタが……ッ!」
待て待てッ、とにかく一旦落ち着こうと慌ててエルミアの傍へと駆け付ける。
…
事情は何てコトはない。
「なかなか目を覚まさないから、貴方が死んだと思ったのねー」
ちなみに遅かった訳を知った未遂者は気恥ずかしいからか、やや離れた所で立ち聞きをしているっぽい。
しかし、心配をしてくれていたのは本当有り難い。ものの――。
「きっと恐妻家のタイプよ彼女、気を付けてねーっと、あら危ない……」
鼻先、容易く避けてみせるが自分との間を通り過ぎた魔力弾が柱に小さな窪みを作る。
――気を付けろって、反射神経を鍛えろってコトですか……?
転生竜、笑う時にも心には悲しみあり/了




