growth 35〔転生竜、笑う時にも心には悲しみあり〕②
詳しくは知らないが、此処は昔の儀式場もしくは集会の、等の用途があったのではないかと思える古い遺跡の円形劇場。
建ち並ぶ歴史は風化して尚、見る者に遺物と付着する時の記憶を思い巡らせる。
気が、するが余りそういった事には関心がないので座る椅子だけを拝借し話し出す切っ掛けを探して反応をうかがう。
てかブッチャケ殆ど馴染みがない。
というか、ほぼ見知らぬ他人だ。
迷宮に来るまでの接点等は無く会話も以前にしたきり。
歳は見た目だけなら近しいが肝心の中身は……。
――とにかく、何から切り出して良いのかが分からない。
まるでちょっとした衝撃で傷付くガラス細工を扱っている気分に――。
「……直接話すのって、はじめてだね……」
――か細い声、今にも消え入りそうな。
其れは、さておき。
「はじめて?」
幾ら何でもソレは打ち解けない。自分の殻に閉じこもりすぎな表現だ、と聞く。
「ぅん、ずっと……見えてはいたけど、会って話すのは初めてだね」
「それはどういう意味ですか……?」
それともいまどきの若者はそういう語り始めが主流だと、言うのか。
「此処が神器の記録なのは分かる……? 僕の精神はずっとココに居て、皆と一緒に居たのは別の……新しい僕、って感じかな……」
なるほど、そういう話か。と、ホッとする。
「じゃあ私が知ってるのは、別人……?」
「ううん、同じ僕。ただ他人事みたいに見えてた……、テレビ越しの争いの様に……」
「主導権は?」
「有ったと思う……、僕が自分に命じる感じで」
「何で、そんなややこしい事に……」
「僕が望んだから、新しい自分に成って新しい生き方をしたい……そう願ったのはボク」
「望んだと言うのは恩寵的な話ですか?」
「違う。神器の力で願ったんだ、新しい人生を……。その為に、無関係なモノを対価にして……壊した」
「そうせざるを得ない理由が……?」
「分からない。しなくてもいいコトだったのかも……、分からない」
曖昧だな。そんな半端な気持ちで、人様の平和を破滅させたのか。
――だとすれば、例え未成年者でも許す情感には全くなれない。
じゃなくても和睦するコトは――。
「知らない世界で目覚めた日から、僕の世界はずっと赤くて……逃げても、逃げてもずっと赤いままで……沢山、沢山人が死んだ……僕も死ぬって、分かってた。分かっていたから……ッ」
――これは抱えてますな。
ま、若者の話を聞くのも大人として。
赦免する事は出来ずとも、耳を貸す位は致しましょう。
…
一通りの話を聞き。
打ち寄せる感情の波で目尻に溜まった滴、をグイっと拭い取る。
そして。
「アキヒトさん、いえショウヤさん、大変でしたね……!」
心から同情を禁じ得ない。
転移直後の悲惨過ぎる状況、次いでもてはやされた後の作為的な冷遇とその後の処遇。
企業でも直接命までは取りはすまい。
くぅーっ! 追加の感情が。
「……大丈夫?」
「――失礼しました」
本人を放って嘆いてどうする。
「しかし、そんな状況からどうやって元の世界に?」
「ぅん、魔王と勇者が相打ちになって生き残った僕は英雄に命を狙われる立場になった」
「何でですか?」
「魔王の持っていた剣、世界を破壊する力を僕が手にしたから……」
「……それって」
「うん神器だね。今僕達が居るセカイの外側が、世界を破壊する魔王の保有物だった剣」
「保有物と言うのは」
「この神器は……所有者を選ばない、誰でも使用する事が出来る……から」
続きの言葉が出てこない。見るからに言い辛そうな、迷いを感じ取る。
「――他言はしませんよ、安心してください」
「ぅん……そうだね。でも話されるのが嫌って訳じゃないかも……」
そういう感じが今一つ若者感情で、分からん。
「神器を、手に持った瞬間……頭の中で、聞こえたんだ……。僕の声だったと思う、もう一人の変わらない自分……」
「その声は何と……?」
「――壊せ、何もかも。自分を傷付けるモノは全て消し去れ、って……」
これまでの経緯や得た情報そして体験をもとに推測する一つの単語が浮かぶ――魔器と。
その効果、影響を受けた。のか……?
「……言い逃れる気は無いけど、その後の事はぼんやりしてて……なんとなく、自分がしてる事を眺めるみたいで……」
「覚えてないんですか?」
「ううん、ちゃんと憶えてる」
告げる少年がハッキリと顔を振る。
「全部確かに僕が望んだ事、なのは間違いない……から、ちゃんと責任を取ろうと思って、待ってた……」
「誰を……?」
まさか俺な訳は無かろう。
会って間もない、同業者。しかも別世界の新参者に、期待する事など無いはず。
「ダレかって言うかは……この後の事、かな」
「この後?」
「もう直ぐこのセカイは消えると思う、その為に遣ったんでしょ?」
と言うコトは。
「神器の破壊に成功してたんですか……?」
「まだ、でも直に始まると思う。――セカイの崩壊が」
「そうしたら消えた世界は、元に戻りますか……?」
「……無理だと思う。対価として神器に取り込まれた後だから、連鎖は無くなっても消えたモノは戻らない、から……」
少年が肩身を狭くし、申し訳なさそうにして述べる。
「だったら、何を待ってるんですか?」
変えようの無い未来なら、心待ちにする事は何も無い。
「僕はこのまま、この記録と一緒に消えようと思う……。それしか責任を取る方法が思いつかないし……」
「――それは違うと思いますよ」
「ェ何で……?」
「責任を果たしたいのなら見届けるべきです。引き受ける事を自身の辞任で解決するのはただの逃げ口上だと、私は思っています」
「……厳しいね」
一応社会人としては立場にとらわれず、やってましたので。
「そっか、大人だから……」
「えっと……、偉そうな事を言うつもりは」
「うん、分かってる。と思う……」
そして嫌な沈黙。気まずい時が流れる。
仮に立場が逆だったとして、相手の気持ちになり考える。必要が、本当にあるのだろうか? ――無い、とは言わない。
けれども同じ目線に立って話す事が必ずしも正しい道理とは思えない。
結果どうなるのかは不明でも、やってみないことには分からない等の無責任な発言もしたくはない。ただ自分自身が曖昧な決断をして漠然と他者を誘導する、のは酷い事か――。
大人とは矛盾する、卑怯な生き方の代名詞だ。
「でも、もう遅いかも」
「――……遅い?」
「新しい自分、僕が望んだ願いは無関係な大勢の未来を代償にして成立した理不尽な願望だから……ソレを失えば僕は、存在が出来なくなる……」
「なら、外に居るのは……?」
「僕だったモノの、抜け殻かな……。もう精神は苦痛に負けて、壊れてる……」
壊れてる――だったら。
「どっちが本当の、ショウヤさんですか……」
「分からない、何も僕達は変わらなかった。結局、何かを犠牲にしても変えられない……生きて、存在したらいけなかったんだ――僕たちは」
違う。それはきっと、間違った考え方――、……――? ……――……――何だ。
身体が、イヤ精神の軸が、ブレる。
と次の瞬間――全ての感覚が後退する。
視界はそのままに、肉体の主導権だけが引き剥がされる、と口が自分の意思と何一つ同期しない異なる動きで声を、発する――。
「――ダメだよ、お兄ちゃん」
誰のモノでもない、自分自身が放つ言葉。
その違和感は内心のみならず外部の相手にさえ戸惑いの表情を見せる程に伝わっている。
「……誰?」
「はじめまして、僕は――えっと、スプランディの友だち、だよ……?」
「スプランディ……?」
聞くまでもなく、かなり動揺して見える。
そりゃそうだ。
凡そを理解しつつある自分ですら、驚きを隠せない状況。事情を把握できない他者には何が起きているのかを知る由が無い。
「お兄ちゃん、時間がないみたいだから言うね」
時間――そういえば徐々に、気付けば明らかに。世界の状態が希薄になってきている?
「お兄ちゃんはまだ死んじゃダメだよ、僕が代わりに死ぬから、生きてほしい」
な、なにィッ。




