growth 34〔転生竜、笑う時にも心には悲しみあり〕①
…
――……何だ? どうなった? ――自分は。
此処は、――何処、だ。
ぼやける意識、視界に霞がかかる。
というか本当に世界を濃い霧が覆っていた。
……何が起きたんだ。
最後の記憶は、――残っている。
とすれば此処は……。
いや、それよりも先に。
と周囲に気を配りつつ、立ち上がる。
地面はある。海辺の様に砂利っとした感触、もとい事実海岸に居た。
目が慣れてきたのか健全となり始めたのか薄らと、波の音も聞こえ。
今、自分がどういう場所に居るのかを不確かだが感じ取る。
ただ――何故、という疑問は全く払拭されない。
可能性として考えられるのは……。
「ぇ、天国……?」
だとすれば目の前に在るのは海ではなく、川。
にしては潮の香りもするし、やたらに現実味のある。
気配――、咄嗟近場に在った岩らしき物陰に身を隠す。
霧で見通せない範囲、近く感じるものの互いに認識するのは難しい距離。
けれども人影らしき気配は自分の方を見る、何故かそんな気がする……。
下手に動く事は出来ない。
耳を澄まして、様子を窺う。
途端に人影が動きを見せる。と次いで耳馴れした、あの声が霞の中から届く。
「さ、行くよ」
揺れ動く、ゆっくりと、動き出す。
想起するはあの日の事。
早々に霞むその姿、二人の影が離れていく。
ぁ、ちょ――。
「――待っ」
「ならんよ」
ェ?
「現象する記録に余計な関わりを持ってはならぬ、世界が崩壊し兼ねんからのぅ」
声を発するその直前まで何ら気配は感じず、物音等も一切無く、突如として出現したとしか思えない。
振り返り再度認識を固化する、完璧な不意打ちの――立ち姿を見。改めて。
……ダンブ〇、違う。じゃなくて――。
「――……アル爺さん?」
「ほっほ、儂のことを忘れんでおったか」
個人的な理由がありましたので。――ただ。
「何で?」
「困っておるかと思うての。余計な世話じゃったか?」
そういう事ならば。
「大歓迎します」
「ほぅ、泣かせるのぅ」
何でよ。――しかしながら。
「アル爺さんは、現状がどういう状況なのかを知ってますか?」
「うむ、知っておるよ。此処から戻る方法ものぅ」
さすがは校長。
「頼りにしても、いいですか?」
「ほっほ、そのつもりで来たんじゃよ。ほれ、先んずれば人を制すじゃ。――いや、善は急げ、じゃったかの?」
情勢は楽観を許さない。とは正にこのコトか……。
「案ずるより産むが易し……、案ずる子は産み易い……じゃったか?」
先行き、不安で一杯です。
…
そんなこんなでアル爺が先導する、道すがらご説明を賜り。
現状がどういう状態なのかを知る。
前提として自分達が居る世界は、現実でも過去でも無く記録の中じゃ。と言う。
そして記されていない情報、つまり自分達の存在を不都合と判断されれば、排出もしくは記録そのモノを即時破棄される。
誰がそんなコトを? と返し、質問する。
「神器じゃろうな」
ジンギ――あの短剣が? 見た目はただの。
「神の力を宿すモノは全て特別じゃ、人の尊ぶ宝器よりずっとのぅ。本来人間の手に渡って好い代物ではないんじゃよ」
「……じゃあ、何で?」
「経緯までは分からぬ。じゃが神とて失態を演じる事はあろう、その後始末を担うのも儂らの使命じゃて」
聞いてませんけどね。――ただやっぱり。
「お爺さんは、女神様とはどういうご関係ですか?」
「おヌシと同じじゃよ、ただずっと早いと言うだけじゃ」
と言うコトはアル爺も転生者なのか……。
「――先輩として言わせてもらうがの、ああ見えてアマウネト様はヤンチャな性格での。儂が若い時は散々な冒険をさせられたもんじゃ、その分楽しくはあったがのぅ。今は亡くなってしもうたが、あの世界は言わば儂とアマウネト様の合作、平らな世じゃったよ」
懐かしむ、イヤ悲しんでいる節も見える。その理由は聞くまでもなく明白だが、気になる事が再会した当人を前に生まれた。
「お爺さんは無事だったんですね」
「いいや、儂はアヤツと違い水晶のそばには居らんかったからの。確りと巻き込まれて、既に死んでおるよ」
ヘ。……じゃ、じゃあ?
「イマの儂は思念体じゃ、咄嗟に本体から切り離した残り滓――みたいなモノじゃよ」
なるほど……。よく分かってはいないが、多分そういうコトだ。
「残り香、と言ったほうが分かり易かったかの……?」
どっちでもいいです、本当。
「――まあどちらにせよじゃ、最近の若者は無茶な事ばかりしよる……。おヌシもじゃ、原創竜に成らずして行うとは死んでいてもオカシクはないぞい」
ゲンソウ、そういう呼び方もあるのか。
「じゃが結果は功を奏し、機会をも得た。あとはおヌシの説得次第じゃ」
ぇ説得……?
「……何のコトですか」
聞くや否や先導者の足が止まる。
自分達が立っている場所はまだ森と言った感じだが視界の奥、進行していた先に木々の無い空けた所が窺える。
「ここから先、儂は同行できぬ」
「どうしてですか?」
「言ったじゃろ、余計な関わりは少ないほうが好いと」
あぁ、確かに。けど……。
「それに思念体としての活動も、そろそろ限界がきておる。素直にお別れじゃよ」
そうなのかと理解を示す自分に、何故か向けられる瞳は切なげ。
やはり以前に、何処かで――。
「朗報を待っておるぞい。ほれ、この先に待ち人が居る。救ってやるがよい」
指差す方へと目を向ける。
そして直ぐに戻す。と――居なかった。
今回は声も残さない、完全な存在の消失。
途端にサーっと木々を揺らす風が吹き、葉がさざめく。
――本当に初対面だったのだろうか? そして。
この先には誰が、待っているのだろうか。
…
森を出た先は遺跡群。
そういえば、古い遺跡が在るとか言ってたなと思い出しつつ遺物が建ち並ぶ歴史と生活の形跡に観光客気分で、道らしき路を行く。
しばらく、歩み続けると見えてくる広場の様な所。
円形に囲む石で作られた長椅子と机、その中央にやや広めの空間。
古代の劇場にも似た放射線状の屋外会場といったところだろうか。
ともかくその中心に位置するであろう場所で、自分達は顔を合わせる事となる。
「……アキヒトさん」
あれ、本当は違うんでしたっけ?
戸惑いながらも、相手の反応を待つ。と。
「ランディさん……ぁ、ランディ君……? ――何で」
まあ互いに、とは思うが予期せぬ遭遇で間違いない。
「えっと、剣でブッ刺されたら此処に居まして……」
さすがにストレート過ぎたか。
「そうなんだ、大変だったね……」
理解に努めず取り敢えず通してくれる若者って話が早くて時に最高だな。
「……僕に用事があって、来たんだよね?」
「たぶん……」
いやマジで、何をすれば良いの――?




