growth 33〔転生竜、その胸を剣の先で〕
時を同じくして、エルミア嬢が気絶する。と瑠唯が少年を連れて戻って来る。
「あら、そっちも大変だったみたいねー」
咄嗟受け止めた身体に意を留めつつ――。
「――皆さんご無事で、何よりです」
勿論少年の事を含めてそう述べる。
ただ心做しか顔色は青白く、様子も衰弱して見える。
「ふふ、無事かしら」
どういう意味だ?
「それより、彼女さんの方はどうしたのー?」
一瞬否定するかで悩む。が。
「おそらく魔力切れだと思います……」
「――そうみたいね。本当ムチャするわー、貴方に相当ベタ惚れなのねェ」
前から思ってはいるが、随所に見られる時代がかった言い回し。
本当何者なんだ? この方は。
とはいえ確然たる事情は、今や。
「一先ず彼女さんのコトは安静にしていれば支障ないわー、必要なら魔力を分けて見守りましょ。だからお待ち兼ねのコーレ、どうにかしなくちゃねー」
そんな砕けた口調で、気付けばその手に――ソレ――が出現する。
「あまり見つめちゃ駄目よ、コレは人の心を魅了する呪いが込められた魔器。勇者の加護で軽減しているけど、完全には無くせないわー」
ハッとなる。
一瞬で我を忘れそうな程の、確かな存在感。心を惹かれるというよりかは目を離せなくなる、強烈な引き付けを起こす異様な空気が、物を取り巻いている印象を強く感じさせる。
「――……軽減?」
「勇者の特権、その一つは呪物の影響を受けない力を所有者に与えて、呪いに直接触れる事で解呪すら可能とする。――便利でしょー?」
なんて言うか、もの凄く勇者っぽさ全開のチート級能力っすね。
「要するに、呪われた物ですね……」
RPGでは毎度お馴染み――呪いの武器だ。
見た目は変哲もない短剣。けれど発する物々しい雰囲気は呪いの言葉に違わず今にも奪い取りたくなる衝動が満ち引きを往々にして、繰り返す。
駄目だ、直視するのは危険と判断する。
「ふふ、良い子ね」
そういう訳ではないのだが、事を進める上で妨げとなるのは目に見えている。
なので視界の隅の方へ、正視するのを避け。て。
「ソレが、神様の言っていた神器ですか……?」
「そーね、間違いないわ。裏付けも取ってあるしー」
チラリと少年を見る。そんな瑠唯の仕草にも、全く気付く素振りすらない。
まるで意思を持たない人形の様に、心がここに在らずと言った感じで。
心配する、気持ちで声を掛けようとした矢先――瑠唯がせせら笑う、少年側の手を自身の腰に当てて。
「ショウ君の方はまだ、時間が掛かるわー。今はそっとしてあげましょー」
「……ショウくん?」
「それが彼の本当の名前、アキヒトは……――偽名ね」
なるほど。何故――いや、今は瑠唯が言う様にそのままで、放念するのがいい気がする。
実を言えば現状が最も都合のいい、好機と思っていたりする。
静かに、そしてゆっくりとエルミアの体を床に横たわらせて放す。手の調子を確認し、覚悟を決めてから――立ち上がる。
「あら、いい顔ね」
ェそう? ――じゃなくて。
「――その剣を、渡してくれませんか? 訳はちゃんと説明します」
「そーね、聞く価値はありそうね」
つまりは応相談、内容的には要談と言える仰せつかった女神からの使命を話すとしよう。
▽
――女神の園、出張所。そんな簡易的な遣り方でしか連絡を取る方法がない。
真意はともかく僅かな時間しかないと、用件を伝える相手の気概は本物と理解し大人しく、聞き終える。
今に始まった事ではない。これまでも予定に無かった成り行き、事の次第で動きを決め対応して参りました。が今回ばかりは本当納得がいかない。
「……死ねと、そう仰ってます?」
『仰ってはいません』
けど――。
「――実質、そうでは?」
『可能性としての話です……』
いやいや。
「死ぬでしょ、心臓に剣とか刺したら……」
『形式として刺しはしますが実際に刺さるわけではありません』
「……形式? じゃあ物理的には刺さないと」
『いえ刺します』
「やっぱり死ぬじゃん」
『……可能性は否定できません』
なに科学者みたいなコト言ってんのよ、神様でしょうが。
『神でも分からないコトは一杯あるんですー』
ぁ、開き直った。まあいいや。
このままだと話の先が見えてこないし、仕方がない。
「……要するに、神器を回収したら手遅れになる前に壊せ、と……?」
『分かっているのなら最初から素直に耳を傾けてください』
待てマテ、問題は其処では無いからこその質疑そして応答でしょうよ。
「それはいい、分かった。ただ壊すのに何故自分の心臓に突き刺す必要があるのかを知りたい、その質問をさっきからしてます……」
『なるほど、それは初歩的な不手際と言えるでしょう。陳謝の上、謝罪を』
今にもポンと手を打つ仕草か音が聞こえてきそうな晴々しさ。実際明るい光の球だし。
「――謝るとかはいいから、猶予があと僅かなんでしょ?」
『ハイ、そう言っていただけると助かります』
なら――頼んます。
『それでは、神託を授けます』
ァそういう感じで。
『我が使者よ、その手に神器を取った後、自らの心臓を貫き世界を滅ぼす呪縛を解かれたし。其方は創造を宿す竜の化身、必ずや破壊の力に打ち勝ち死をも乗り越える英雄の名を戴く事となろう』
……。――……終わったか?
多分ドヤる雰囲気になってる気もするし、一応一言だけ言っておく。
「英雄とかそういうのは本当要らないから、ちゃんと元通りにしてくれれば文句無しで」
『……エ?』
何、なんか変な事でも言っただろうか。
『正気でしょうか……英雄、ですよ?』
分かってますよ。
『しかも麗しい女神が神託として告げているのに……』
自分で言っちゃうんだな。
『信じられません……ッ』
まあどちらかと言えば祈りは受ける側だもんね。――して。
「エルミアさんはこの話をどこまで」
『前代未聞です――ッ!』
こりゃ駄目だな。てか神様が四字熟語を使うのって、どうなんだろうな。
『空前絶後のッ』
どんだけ衝撃を受けてるんだよ。
とりま落ち着くまで、というかは時間――大丈夫……?
△
表情は特に何も変わらない。
話を聞き終えた後の、暫しの沈黙。
――徐に。
「創造竜は初耳、だけど筋は通ってるわねー」
そうなのか。最早説得力があるのかすらも分からずに話してみたのだが。
――だとすれば。
「でもいいのー? 失敗すれば貴方、死んじゃうかも」
「……代案があれば、縋り付きたいくらいですね」
「残念、私の知れる限りで神器を直接破壊できるのは、同じ神の力を持つモノだけよー」
言いたいコトは理解するが自覚の無いまま行うのが懸念せざるを得ないところ。
「先に遺言でも残すー?」
誰に――イヤ、居るには居るか。
しかし何を、というか。
「彼女が怒らなければいいけどー」
そう、そっちの方が心配です。
「手短に済ませるのが、お互いの為ねー」
確かに――。
「――そうですね、それがいいと思います……」
「じゃ、いくわよー」
ェ? 待。
「えい」
っと突き出される剣の先端が一直線、微動だにする間も無い程の速度で胸を貫く。
余りの呆気なさに嘘だろと思うや否や視界が自分の意思とは無関係に横転し。
「あら、失敗かしら……」
冗談だろ。これで? 終……。
――最後に見えたのは気を失ったままのエルミア、そして一匹の黒い――。
転生竜、その胸を剣の先で/了




