growth 32〔転生竜、人って上手に怒れるといいのに〕
耳障りとも言い難い音に欠ける叫び。
「――ッ……ァァ」
時折り肺から放出される空気が喉を通り、誰のものでもない音を出す。
痛みは全身にわたって苛む、と次は精神をも蝕み始めて何度も意識を失いそうになるが来る筈の死は一向に訪れず。未だ切断された身体の激しい痛みに悶え、苦しむ。
何で、何で、どうして、何故。
死なない、何、――して。
ハッキリと感覚で分かる。
僕の身体は真っ二つに割れている。
左と右、どっちが自分なのか定かではない。
動く側が有り、動かない側も有る。
なのにどちらも僕の身体と成っている。手足は確かに胴体と繋がったまま胸部腹部臓器に至るまで全てが正しい形を維持し、にも拘わらず脳内で起こる認識がバッサリと断定し続ける。
死ぬ、と。
避けようの無い死を結論として出し、自分に理解させようと必死に取り組む。
苛む痛みは、言うことを聞かない子供を叱る体罰だと。
「ショウ君、痛い?」
――誰かが僕の名を。
「私の持ってる剣、とっても綺麗に見えるでしょー。けど、中身はどす黒いの。私と同じかしらー?」
何――。
「ふふ、それどころじゃないわよね。ごめんなさいねー」
――ァ。
「壊れちゃう前に伝えておくわねー。私の剣って、ちょっと変わった力があるのよー。事前に、約束事を決めてから斬るとその後履行するまで消えない痛苦を科す――悪い子にはキツイお仕置きが必要、ってところかしらー」
……約束、事……?
「それともう一つ、痛苦を刻む代わり自身にも同じ罰を科し続ける。今ショウ君を苦しめているのは、そっちねー」
同じ……バツ。
「安心して、貴方を虐めるつもりはないわー。だからね、いい子に出来るでしょー?」
「ァ、ゥ――」
肉体は既に、精神は、もう。
「問題、ショウ君はイツまでショウ君で、――居られるかしらー?」
――ァ。
「ッ――ァァ、ァァァァッッーーー!」
*
――夢を見ている。
大した内容ではない。
けれども夢の中ですらあっけらかんとしているその姿に、何故かやり場のない安心感を得て。見入ってしまう。
コレはそう。確かエルミア嬢の研修を行う為、迷宮へ向かい進む馬車の御者台で雑談をしていた時の記憶――。
自分の竜体、つまりは変転後の能力に関しての異論を呈する、その発言に対し。
「と、言いますと?」
「だからよ、ラン坊。オマエのその爆撃? ってのは理屈に合わねえんだよ」
そもそも爆撃なんて呼び方をした覚えはない。が。
「理屈……?」
「道理だ道理、竜人のな」
第二に竜人の事をちゃんと説明されてもいない。
「……それは、でも」
「わーってる。竜と合体してんだろ? でもよ、要は竜だろソレ」
まあその実そうなのだが。
「竜人も同じだ。結局は竜として考えれば丸っと収まる」
そうなのか。
「で、だ。竜血の話はさっきしたよな?」
「しました」
さわり程度とは思うものの、一応記憶している。
「竜血は竜にとっちゃあ活きる源みたいなモンだ、無けりゃ死ぬし力も出せねえ」
そしてソレを燃やして火を吐くとも聞いた。なので――。
「――竜人も、火を吐けますか?」
「吐けるけど基本はやらねぇ、勿体ねえからな」
出し惜しむ位の内容という訳か。
「ケチで言ってるんじゃねぇぞ、マジで貴重なんだ」
一切批判するつもりはありません。
我が身可愛さならぬ我が血貴ぶ、それの何が悪いと言う?
「ただ竜血は体内で燃やす事も出来る、多少は減るがそっちのが使い勝手も良い」
「……体内で燃やす?」
非常に気になるフレーズ。そして返事を求めたが。
「まあでも……出来なくはないのか? うまくやれば……」
なんかブツブツ言って自分の世界に入ってしまった。
エルミア嬢も、後部で準備に余念が無い様子。
これは暫し異世界の風景でも楽しむ時間か、なっと。
――夢は、夢のままでは終われない。
※
目を覚ますとエルミア嬢の姿があった。
先ずは安堵する。
次いで周囲を確認しようとする自分を緩やかに手で制止し何やら温かい光を左の腕側で放っているエルミアの、話に――耳を傾ける。
最初に階層主が魔獣と同じ様に消えたコト。
その後に食われた左腕を発見したコト。
今は、治療中でなんとか元の状態に戻せる。と言う。
何はともあれ、迷惑をかけたお詫びを口にする。
「――お互い無事でよかったね」
見た感じ、意外と怒ってはいない様子。
痛み自体も然程に感じず、寧ろ心地はよい。
残念ながら今回は膝枕にならぬ治療の位置関係にて、傍らにぺたんと座るエルミアに大人しく身を任せて顔を眺めている。――と。
「……じっと見られるのって、やりづらいかな……」
おっと。これは――。
「――失礼しました」
女性の顔を見続けるのは好くないコトと、不躾でした。
味気ない天井でも見詰めて反省をいたします。
「……そぅじゃなくって」
ェ。小声で聞き取りが。
「何ですか?」
「……。――ランディ君の身体って、意外とゴツゴツしてるよね」
ム。それは……。
「竜、ってコトなのかな……?」
正確には分からない。けれども。
「可能性はあります、実際――」
――ん、あれ? もしかしたら、現状って。
「ランディ君……? どうしたのかな」
「今って、話せてますか? 人の、言葉として……」
「うん、ちゃんと。人に戻ってるよね?」
戻ってる。そうでなければ人語は話せない。
気になる疑念、イヤ問題点は――。
「治療の前から……?」
「分からない、外見はランディ君のままだから……」
――つまり竜体で受けた傷が少年側の肉体にまで反映されている。のか……?
結び付きは魂の受け入れ先として、だけでは無かった。というコトなのか。
「……――一つ聞いてもいいかな」
「ぁ、ハイ。何ですか?」
まあ今答えを知ったところで、結局は竜体共々留意するしかない。
「身体の事、どうして最初に教えてくれなかったのかなって」
最初……。――ああと思い当たり、船での聴取を想定し――返す。
「あの時はいろいろとありましたので……、会って間もない時でもありましたし」
「そうだね。でもマスターには直ぐ白状したよね?」
捉え方だとは思うが、自白したとも思ってはいないし。
ただエルミア嬢の表情は何処か引っかかりがある様にも見える。
その真意を汲み取る必要性を何故かひしひしと、直面して避けられない。そんな窮地に追い込まれているのか……?
分からない。けれども不思議と次に発する言葉は男としての、自分の見せ場と見越す。
「――優劣なんてありませんよ、流れからして内緒には出来ないと思いました。仮にエルミアさんがあの時点で質問されても素直に答えてましたよ、本当です」
「……そう」
反応的に悪くは無さそうだが、実情となると……。
「ワタシはべつに……、気にしてはなかったけどね」
これは合格に届いたと言っても過言ではないでしょう。
伊達に年は取っていない中年ですよ。
「ところでマスターの身体を何度も見てたよね。ランディ君も、そういう事なのかな?」
質問は一つって。というか気付かれてた……? イヤそれよりも、先に。
「ゆっ優劣と言うのは、そういう意味ではなくてッですねっ」
「……ヘェ、優劣。そうなんだ」
あれ? なんだか腕の、が……。
――痛い、痛いよっエルミアさん!
転生竜、人って上手に怒れるといいのに/了




