growth 30〔転生竜、欺き貶め損なう貴方は〕②
明仁と名乗っていたが、本当の名前は翔陽という。
既に相手はその嘘を知り、真実を知っている。筈なのに――。
「アキ君って、いい加減に疲れたりはしないのー?」
――何度も繰り返し、僕だった名を告げる。
笑みを絶やさずに何度も、何度も。
故意だと、思い。
撥ね除けたい一意で宝器と呼ばれる尊い器物を使い捨てる。
成果は互いの距離が直されるだけで、一切損傷は与えられない。
繰り返し――。
「今のも有り難い物よー、勿体ないわ」
――何、で。
「どうして……」
微笑む、目は笑っていない。
「分かるわー、不思議よね? コレはね、勇者の加護って呼ばれてるのー」
「加護……」
「私に言わせればコレも呪いよ」
初めて、笑みが途切れる。
その声は真剣な面持ちで静寂な怨恨の色を込めて言う。
ゾッと背筋が凍る不気味さを感じた。
直後に笑みが戻る。
「勇者の特権、その一つは万物を見通す力を所有者に与える。様々な状況を鑑み、欲する知識を得る。――便利でしょー?」
欲する知識……。
――ふわりと横髪が揺らめく。肩に、手と思しき何かが置かれる。
「ただソレに触れる必要があるの、――ショウ君」
「ひィッ」
振り返り崩れるように尻を床で打ち付ける。
足元、瑠唯が靴を鳴らして近付く。
「前のも悪くなかったけどー、今も良い名前ね。次は、何を教えてくれるのかしらー?」
あたかもオモチャを見つめる子供の眼差し、その玩具に成り果てる体感の根が張り出す。
「貴方が望むのなら、いつまでも付き合うわー。壊れてしまう前に出すのが、身のためと思いはするけどねー」
含みのある笑み、今回ばかりはその内に秘めた意味を知る。
*
変転時に自発する神器の力は言わば呪いだ。
自身では微々たる調整も出来ない。
その分、強力ではある。
実際は竜の子として活動している肉体を人と同じく扱える。
……詳しい事は分からない。が人目を気にせずに動けるだけでなく人間としての繊細な動きを可能と、利便性も高い。
しかし不便な事も当然だがある。
第一に、飛べない。
次いで――。
「クァッ」
――っと危ない。
余所見をしていたら、あの図体にひかれそうになった。
とまあ思わず鳴いてしまったが、声帯は竜体のまま故。
自分では普通に話しているつもりなのだが根本的に構造が違うので仕方が無い。
ただ、そうと分かっている相手となら意思疎通は大して支障がない。
目配せをして互いの状況を確認、声を掛ける等でも、対策を講じる事は十分に出来る。
但し現状は、エルミア嬢を信じ時を稼ぐのみ。
ズルズルと――反転し戻って来る、巨大な爬虫類の外見。
皆が同意できる分類は話が進まないので、俺はワニとする。
基本魔獣は得体の知れない黒い霧を纏う獣の形。
実際どうなのかは現時点までに知り得ていないものの、周囲の反応からして強ち間違ってはいない。と思われる。
とはいえ守護者の時みたいに、形状が獣と乖離する別の生態を有する場合もある。
まあアレが同じ魔獣の扱いだったのかは置いといてだ。
――階層主、と呼ばれたコイツからは守護者と同じ色味を感じる。
ていうか事実色は付いている。
そして若干黒い霧が全身から漏出し見えているので、本物と見紛う事もない。
そもそもこんなデカいの、動物園だってお手上げですよ。
早急に自衛隊の出動命令が発せられます。
「ゴッ、ゴッ」
そういえばワニって鳴くのか……?
真偽は不明、何れにしてもコイツは魔獣だ。
「――ルル……ッ」
規格ガン無視のバカげた大きさ。
犬で言うところの小型種が通常の――イヤ、それ以上に体格の差が。
これはもう恐竜と言ってもよい。
「ゴルルルル……ッ!」
来なすった。
エルミア嬢の仕込みにはまだ時間が掛かる――。
巨大なワニが大口を開き対象目掛けての突進、単純過ぎる遣り口だが。
床ごと捲り喰う荒々しい突撃に為す術はない。
素直に回避を選択し竜の跳躍力で避けた後、下を通過する無防備な背後に渾身の爆破を食らわす。
物ともしない。
停止するどころかそのまま突っ切る、壁に激突し水路全体を揺らす巨大なクレーター。
する事なす事規格外、本当手に負えない。
その上こちらの攻撃は表面の鱗を軽く焦がす程度で成果はあがらない。
当然直接殴ったとて意味はない。
とすれば所謂常套手段、外皮の硬い相手ならば急所を攻める。
目とか喉元、股間は如何だ? 口内なんかも。
「ゴッ、ルル……ッ」
よし目にしよう。
それ以外は自信が持てない。
現状で見えている分、先行きも不安がる要素は他と比べて少ないし、ってな訳で。
先手必勝というか方向転換をし終える前、その図体に似合う鈍い瞬間に。
「ッッ!」
横っ腹を薙ぎ払う尾の一撃。
腹、というかは側面全てを収める敏速の肉厚で身体をブッ飛ばされて事実の壁に叩き付けられる。次いで意識が束の間に遠退く。
「ァ、ッ……!」
揺らぐ、意識が。ボヤける、視界が。
……霞む。
「ランディ君ッ!」
――時を、迎える。
地より迫り出した矛先で、獲物を目前にして動きを止める巨体。
貫く岩鉄の茨が鱗を纏う肉体を床に面する腹部から内部へと、破壊の棘を広げていく。
死に至る叫びは上がる間も無く。
目の前には異様な造形物と成った蜥蜴が、その巨大な華を咲かせる。
果たして見せ場など、あっただろうか?
色々と考えていた事は確かだ、が。
「ランディ君! 大丈夫ッ?」
ご存知竜体のおかげです。
実際立っているのは辛くない。しかし感覚が覚束ないとこうも動けないのだと実感した。
「待ってね、直ぐに治療するからねっ」
お気になさらずとも大丈夫。命に関わる程の――。
「……ゴ」
変転、駄目だそれでは助けられない。
注意を促す暇はない。
今まさに、自身を助けに来てくれたばかりの相手を突き放す。
「ェ、?」
押し出す左手の平、二人の間に線を引く。
――瞬間自分の左腕を諸共に鋭い突起が並び立つ暗黒の口が――閉じられる。
*
一人の手に幾つもの武器や道具が握られる。
その一つ一つが英雄の印であり、証明となる。
だが一つとして、自分の事を示す物はない。
「まだあるのー? 一体何人の英雄を殺したのかしらー、ショウ君は」
ッく。
――白々しい雰囲気、それだけで余裕すらうかがえる。
「アレはどうしたのー? 最初に私を捕らえたアレ、出さないのー」
幾多の武器、道具も目の前に居る相手には通用しなかった。
残すは所望されていると思う、頼みの綱――しかない。
「……僕は、僕は……アナタみたいな、――嫌いです」
「あら、でもいいわよー。貴方を好きになる人が一人、減るだけだものー」
確信を持つ。僕は、この人が苦手だ。




