growth 29〔転生竜、欺き貶め損なう貴方は〕①
「私が居た世界は主体として神を崇める所なの、人は誰もが生まれながらに才能を――ギフトを授かり誕生する、素質重視の不平等な社会ねー」
言ってる本人もだが、聞いていて楽しくは無さそうと思える。
「事情があって、私悪い王さまを倒したのよー」
端折るねー。まあ恐らくは――。
「――魔王ってヤツですか……」
「そーね、そんな感じかしら?」
ふんわりとしてるなー。全体的にそうですが。
「用事も済んだし、じゃあ帰るわーってなったけど。追加の残業ね、上司の尻拭いって感じかしら、有休消化中でも遠慮無くこき使われる事になったわー」
ええと、つまり。
「神器の回収に駆り出された……?」
「ピンポーン、理不尽よねー」
確かに。ブッチャケ本人としては関係のない話であろう。
――ならば。
「何故……?」
「そうね、強いて言うなら、未払いの賃金目当てかしら」
ああ聞きたくもないフレーズがわんさかと出てくる。
今となっては無縁の事と信じていたのに……!
「けど、正解だったのかもしれないわね。今さら、もう……」
ぬ? これまでにない深刻な表情。――だったが。
「それより、貴方達はー?」
俺達……? というか何だその顔は、なにか企んでいる様な――。
「随分と仲が良いわね、恋人同士でって感じかしら? 私が知ってるエルフはそういう艶事を神聖化して儀式的な感覚で捉える種族だから、驚きよー」
――何を、仰っているのやら。ねえエル、ミア、嬢……?
「……」
どうして耳を赤く。そして俺に対しそっぽを向くのか。
「あら、その様子だと時間が掛かりそうね……、ご愁傷さま」
本当何が。
…
話も進み自分達が置かれている状況を少しずつ理解、ある種の和解が成立し打ち解けていく最中にも今居る階層の変化は見て取れる。
進行する路の水位が上がり、僅かに足を濡らす。
流れは無く単純に薄い膜が広がって出来た水面を小さな輪を立て歩く。
見様によっては神秘的にも思えるが、今居るのは迷宮内。
些細な変わり様ですら緊張は伴う。
いずれにせよ、進む程に口数は減り。
道幅の広がる小部屋っぽい所に出た後、皆がソレを認識する。
「階層主ってところかしら」
そんなのも居るのか。
見た目はまんま――。
「……ジャイアントリザード」
――ぁ、そういうのが居るんですね。
白亜紀にでも棲息していた巨大なワニかと思いました。
「あら、アリゲーターじゃないかしらー?」
「アリゲーター……? ギルドではリザードに属する地上生物と分類した、一群に思いますけど……」
「それならリザードマンは、どう扱うのかしら?」
「……それは存じません」
待て待て、ならクロコダイルはどうするんだ? 等と。
「――一応聞いておくわー、私の助けは欲しい?」
「結構です。前回と同じ失敗はしません」
「頼りにしてるわー」
冗談はさておき、自身も早々に変転を完。
「安心して、任せられるわね」
え、どういう意味――。と思うが早いか、瑠唯の光り輝く一線が振り向きざまに空を斬る。とまるで紐を切り幕が落ちる仕掛けから現れる、人影。
「……何、で」
――明仁少年。何故、いつの間に。
咄嗟に身構える自分達。ところが瑠唯は瞬時に動き、こちら側を一瞥した後。
「相手を間違えないでね、敵を見失えば死ぬわよ」
そして、後退り慌てて場を離れる少年を追いかけて――行った。
一瞬の出来事、鮮麗なその言動に刹那心を奪われてしまう。
「――ランディ君ッ!」
おっと言われたそばから余所見、本当申し訳ない。
けれど重ね重ね言わしてもらうが自分は強さだけを求めてはいない。
ましてや勇者等と言った英雄気質に憧れや希望を持つ気は毛頭無い。
転生後を楽しむ。目の前の障害を退ける事が出来れば、それだけでもイイと思っている。
故に迫り来る脅威を見据えて、背中に負う。
「うん、イイよランディ君」
見映えは気にしない、一方的に乗り切る事を優先事項とする。
自分達は、英雄などではないのだから。
よし、ほな行きまっせェー!
今更だが変転後の欠点が一つある。
いやまあ一つだけではないと思うが、とかく不便な実態が。
――言葉を話す事が出来なくなる、という実質。
「ランディ君っ!」
攻撃の合図。一時的に足を止めて魔力弾が放たれたのを見定めてから再び動き出す。
「次は大きいのをいくからねっ」
頷く。
と同時になるべく遮蔽物の少ない角度を吟味する。
移動する際には幾つか注意点もある。
先ずは常、留意しなければならないのは動く速度。
背中で運ぶエルミアが安定して事を行える様に、急がず焦らずそして休まずに動き続ける必要がある。
それは単純な話、本域で動けば背負われている側の負担が過剰になるコトと配慮する分の遅れが次の行動に移る時間的余剰を少なくするからだ。
――従って、移動は的確に回避は最小限で振るう。
そうして得られるのは互いの短所を補う、園に居た一ヶ月間で、――編み出した戦法。
っと、そろそろ。
直感などのカッコいいモノではなく、特訓に近い練習から身に付けた新しい間隔。
背後で杖を掲げる瞬間にドンピシャリと合わせる立ち位置、から。
「行ってッ!」
放たれる、極太の光弾。
避ける間もなく巨大な魔獣の横っ腹に、――直撃する。
それでも、爬虫類に属する見た目の図体には傷一つ付かない。
……硬い。
予想していた分で驚きはないものの、やや難航しそうな雰囲気が出来つつある。
「この戦り方じゃ、駄目みたいだね……」
同意。――それならば。
「切り替えて行こう」
頷く。
この程度で打つ手がなくなる期間の過ごし方はしていない。
「あの辺り、瓦礫に隠れて詠唱できる」
――了解。
次は互いに――見せ場を作る時間だ。
*
数本の刃が瑠唯に襲い掛かる。
先刻投てきした小刀が意思を持つ生き物の様に対象を狙い続ける。
幾度弾き返されても止む事の無い刺客は背後からも襲撃を繰り返すが一本たりとて着衣にすら到達しない。
金色に輝く斬撃が一本、また一本、と追尾不能になるまで小刀を破壊し追撃を粉砕していく様を――見ている余裕はなく。
追加の攻撃、床に突き立てる長柄錫杖の能力で対象周辺の床を捲り上げての圧殺を行う。
が巻き起こる衝撃に似合わぬ軽度の音響。
速やかに次の一手を収納空間から手に取る。と頭上から。
「宝器ごと潰すなんて、勿体ないわー。アキ君って意外と浪費家?」
まだ、その名で……。
「……何が目的ですか」
「あら、知ってるでしょー」
「……――無駄ですよ。アナタに僕は殺せません……」
「どうかしらー? 私、さそり座なの」
――? 何を言いたかったのかは分からない。けれども。
「何をしたって変わりません、僕が敗ける事は無い……」
「そう。なら、試してみましょ」
捲れ上がった地盤の上でしなやかに立っている。
翳される十字形の向こうで一段と瑠唯の瞳が怪しく優艶と煌めく。




