growth 2〔転生竜、竜生活の幕開けそれは運悪く〕①
地下迷宮“蔓延る魔獣”のB2階、その開始地点から少し進んで突き当たった左右の分かれ道にて自分達は悩み中。
――中、と言っても実際に苦悩をしているのは恐らく少年の方だろうけど。
俺は何が出てきたところで、消し炭にしてやる。それだけだ。
「ぅーん右かな? それとも左……? ――ねぇスプランディ、どっちだと思う?」
ブッチャケどっちでもイイ、が。
「クァッ」
「……右? 左じゃないんだ」
たしかに行動学的にはそうだ。ならば敢えて逆に、キリッ。
「うん分かった。こっちだね」
そうして歩き出す少年、その後を付いて羽搏く。
ちなみに責任は持たない。
これは言わば冒険だ。――危険を孕む。
例えこの先に予断を許さない事が起ころうとも引き返す意味はない。
イヤ。というより引き返す事は、許されていない。
この階層に入った時点で戻る道は選択肢として失われる。
つまり自分達が行ける場所は限られているし、行く先も一つしかない。
例え左右どちらかの道を選びもし間違っていてもそれは正解を見付ける為の過程でしかなく、時間の損失では無い。
で、あれば心向くまま気持ちで赴くのみよ。
「ねぇ、スプランディ」
――ん。何だ、どうした?
ふと恐くなったのかと思うも歩みは依然止まってはいない。――なら?
「僕たち、無事に出られるのかな……」
疑い、イヤ自問の様な呟き。
応え様も、答えなども無い。が。
「クァッ!」
「……スプランディ? ――そっか、そうだよね。行くしかないよね」
無論成し遂げる以外に道も無い。
「ゴメンね、なんだか急に不安になちゃって……。だって僕はただの子供で、とっくに死んじゃっててもオカシクない…のに、まだ生きてる。生きていられるのが、不思議で。逆にコワくなっちゃうんだ…、もしかしたら本当にって」
なるほどな。
憂鬱になる事は、間違ってはいない。
もし独りで迷宮に来ていたら最初の襲撃が最期となっていたのは明白だ。
それは偶然――竜と成った俺と居て、たまたま旨く命を繋げているだけに過ぎない。と。
――な訳ないだろ。
確かに出会いは偶発だったかもしれない。
その結果で迷宮と言う牢獄に堕とされた。巻き込んだのも完全に俺の所為だ。
幸先は良くても、最高の日では無かったはずだ。
それなのに君は泣き言一つ発する前に――走り出した。
怖くても恐ろしくとも我武者羅に命有る生を求めた。と言える。
それが結果として俺そして自分をも救い現在と言う今へと繋いだのだ。
奇跡的になんて言葉で括れる様な話ではない。絶対に。
――そうした上で。
「クァク」
選択した道はハズレではなかった。
休憩するのには丁度いい小部屋に行き着く。
言葉の出ない今の俺に出来るのはこういう誘導くらい。
でもそれでイイと思う。
誰だって疲れるし、どんな奴でも休む事は必要だ。
何より各々で出来るコトも違う。
夢や希望もその時々で代わる代わる形を変え、良くも悪くも生に常在するもの。
だからこそ現在は休め。
どうにもこうにも、生にしがみ付くのには体力が要るってなもんよ。な。
▼
若干回想のような話にはなるが現在に至るまでを少し整理しておく。
――俺は異世界に転生し竜と成った。
しかし始まりは卵、孵化と同時に竜生活の幕開けとなったが運悪く其処は竜そのモノを嫌忌する小さい島の漁村だったのだ。
そうして運悪く、俺を拾ったのがその村に住む少年。
次いで不運は続き、村人の告発で尋問を受けている際に俺は誕生した。
男の子は即座に罰と言う名の死刑宣告をされ、竜共々地下迷宮へと送られる。
其処は島で唯一のダンジョンで公共機関にも申告がされていない村の権力者御用達の処刑場。過去この迷宮から脱出できた者は一人も居らず無論攻略者も無し。
当然だ。送られるのは常に村の権力者に逆らった弱者か裸一貫にされ縛られている者と言っていた。今回の場合は未成年且つ追放扱いなので、そうした経緯は無かったみたいだが。
実質は死刑である。
ここまでの流れ。その大半は誕生後に少年の独り言として聞き、知った内容だ。がここからは実体験も含む殆ど断定で扱う話。
先ず今居るこのダンジョンは地下迷宮と呼ばれ開始地点が最深部。つまり迷宮の一番深くから地上を目指す形式での、攻略をしなければならない。
その分脱出は容易ではないし必ず迷宮のボス“守護者”と対峙する事となるみたいだ。
しかし反面で通常よりも階層の数は浅く出現する魔物も数は少ない、単体で現れる事が多い。確かに、そうだった。
だが少ないと言っても子竜である自分とは違い。少年はただの人間で、子供だ。
数で襲われる訳ではないが勝てる要素等は一つも無い。
いや、一つも無いは失礼だな。
子供ながらに根性がある。それも大人が怯みそうな瞬間が来ても前へと出る、勇気。
戦力とは言い難いがこの様な状況においては最大限、役に立つ。
実際に最高火力を発揮するのに時間や運動に少なからず縛りのある俺としては確りとした分担で出来ている。
それでも足手纏いである事実に揺るぎはない。
――現状は。
いずれにしても見捨てるつもりはないし情報や知識は今必要とするだけの価値がある。
何より迷宮の初日で俺自身まともに動ける状態ではなかったにも関わらず抱き抱えて逃げ続けた功績への恩義に報いたい、とも思っている。
そして着実に、その時は――もう間もなく。
▲
――と休憩中、思いを巡らせている内に、新しい事が呟かれる。
「迷宮の中に居ると生き物は成長しないんだって。だからお腹も空かないし、疲れてないと眠くもならないって」
……そうなのか。イヤ、だけど。
「スプランディは、生まれたばかりで最初は上手に動けなかったけど、竜は元から強いから身体は成長しなくても丈夫なんだね」
フゥム、納得の理由。
「僕も、強く生まれてきたかったな……」
だとしても人間の枠組みでは知れているがな。
「……僕が住んでる村はね、たくましくならないと褒めてもらえないんだ」
男子たるもの的な、思想か?
「名前は、両親が居ないとつけてもらえない。それ以外だと強くなって村長に認めてもらうくらいしか……」
そういえば、自分の名を一度も口にしてなかったな……。
「もし迷宮から出ることができたら、もらえるのかな……?」
……それは。イヤ。
「クァック」
「――ぇ? 寝ろってコト……?」
口先で床を叩き、そうだと示す。
「ぅん、そうだね」
今日も今日とて疲労は限界だろうて。無理をせず、さっさと寝るに限る。
勿論寝具等は一切無い。
有るのは迷宮内で手に入れた防火布。普段から身に付けている薄汚れたボロい身頃のみだ。それに包まって、横になる。
「――スプランディ」
あいよ。
呼ばれて、定位置へと潜り込む。
「おやすみ、スプランディ」
ああオヤスミ。そんな気持ちで、小さく鳴く。
今回で数十回目の行為、体感で一ヶ月程。
――さあ女神のもとへ、逢いに行こう。
*
其処は異世界、文字通り現世とは異なる別の空間。
精神だけが訪れて心で浮遊する。
所は暗く景色は明るく、対象は輝き眼を見張る。
途轍もない不思議な場所。ではあるものの、慣れてくるとそうでもない。
ならば此度もまた女神への質疑を始めるとしよう。
「ようこそお越しいただきましたは女神の園」
「ああそういうの本当いいから、毎回じゃん」
「定型句は大事ですので」
「いい加減ありがたみも無いわ」
「それほど聞く方が珍しいのです……」
ま、それもそうか。で、さておき。
早速と質問時間だ。