growth 28〔転生竜、これもまた空であり逃げようがありません!〕
杭は想像よりも呆気なく、すんなりと抜けた。
見た目直径で25mm程、長さは200mm程度の小さな物。――馬鹿でかい釘と言えなくもない。
材質は金属っぽいが実際は分からず。
「お願いした立場だけど、もういいのー?」
物を抜き取った後、徐に立ち上がり自身の具合を確かめる様にしつつ瑠唯が首を傾げて聞いてくる。
「いろいろと猶予がない状況みたいなので、尋問は歩きながらでもします」
「変わった取り調べねー」
そもそも適切な遣り方など知りませんからね。
「いーわ、先を急ぎたいのはお互いさまねー」
そう言って、体調を確認し終えたのか周囲を一瞥してから歩み寄る。
――金色に輝く十字架のもとへと、ソレを手に取り床から引き抜く。
初見ではないが、改めて凄い存在感を放っているなと思う。
形状――特に刃の部分を見て武器だと分かる。が真っ直ぐに成形された十字の線は僅かな歪みも無い。柄は、鍔や他の部位との間に些細な境目すらも存在せず。
黄金色であるが故に象徴たる意味を一際知らしめ、見る者全てを魅了する……。
だが犯し難い性質も、用途を認識している現状は神経質に見詰める瞬間となる。
取り分け上司の最期を否定したかった者にとっては、不安に駆られる瞳で見届けるしかない。そうして瑠唯が忽然と二人の視界から消えた、次の瞬間には。
「助かったわー、貴方達が来なければきっとあのままミイラねー」
直ぐ傍で、もとい背後にて。
「動かないでね、傷つけたくはないのよー本当に」
速。イヤそんなコトよりも――。
「貴方も、下手に動かないでねー。今は手元が狂いやすいの、分かるでしょ?」
――言わずもがな、動けない。
エルミア嬢の喉元に宛がわれる刃、ソレを見せ付けられては動きようがない。
思わず判断を誤ったと自己嫌悪に陥りそうになる、が。
彼女の瞳が怯えていないコトに気付く。
落ち着け、俺が落ち着かずして他に――誰が助ける。
今一度の覚悟を決める。裏腹に、状況の進行は穏やかで張り詰める感じもないまま。
「率直に言うわねー。貴方が持ってるその杭で自殺してくれれば、替わりに彼女を生かしてあげる。どうするー?」
爽やかな表情をして、何言ってんだこの人は。
自殺しろ? それでエルミア嬢は殺さないって、信憑性にも欠ける話だ。
しかしながら目は物を言う。
……マジだ。
本当ヤル気だ。
何で? さっきまではいい感じに。
てか何で、目的は――。
「残念、遅いのは致命的よ」
――あああッ、待った! 手を押し出し、制止させる。
せめて変転を。
いや、もう遅いか。
もっと早くに気付き、していれば結果は変わっていたかもしれない。
平和ボケとは思いたくないが危機意識の低さは否めない。これまでも、そう。
さて、本当俺だけが死ぬのか? それとも両方。
どうあれ苦しみの少ないコトを祈る――。
「ストップ、冗談よ」
――チクっとした直後に、手を止める。
はい? てな顔で相手を見る。と申し訳なさそうに。
「貴方達って仲が良さそうだから、からかったのよー」
冗談じゃありませんよ。今のは100%本気だったでしょう。
しかしあっさりと解放される緊張から、逃げ去る様に――。
「――妬けるわねー」
この場を離れていく瑠唯。
アトを追わなければと行きかけた矢先、心配からエルミアの方を優先し見る。
と。……エルミア嬢?
放心している感じでもなさそうだが動きがない。
そしてその喉元からは極少量の出血が見え。
切られた? そんな風には見えてなかったのに。
とはいえ瑠唯が本気だったのならば今頃は――。
エルミア嬢から転じて、逃げている様子はないものの離れて行く瑠唯の背を見、未だ手に持ったままの杭を握り締める。
――一体、彼女は何者だろうか? その上で、何が起こったと言うのか。
正直、知りたくはない億劫……。
*
悲惨な異世界での日々に結末を迎える。
その恩寵として得たのは別の異なる世界への転移。
そして世界の繋がりを破壊し。
結果得る願望で、元居た世界へと帰還する。
締め括り新たな記憶で古い自分を包み隠して、僕の物語は完結した。
完結――したと、思っていた……のに。
▽
異世界での始まりは戦場だった。
事故で死んだと思った瞬間、僕は身に覚えのない土地に立っていた。
其処は文字通り人が簡単に死ぬ戦いの場。
想像を絶する数の命が雨霰と目の前で散る、視界が真っ赤に染まる。
逃げても執拗に追ってくる死からは、逃れようがない。
間際――僕の死を退けたのは“英雄”と呼ばれる者達だった。
僕が転移した世界は男神ヌンが創造したとされる、人類と魔物が激しく争う戦乱の世。
各地で支配を目論み人類を奴隷もしくは排除する事を目標とし魔物を統べる王“魔王”と人類の希望を背負った者達“英雄”が日夜死闘を繰り返す。
――僕は其処で“彼方の者”と呼ばれる異世界からの使者として扱われる事となる。が。
英雄達と辿る僕の物語に、勇ましい手柄は無く。
活躍の場など、ただの一度も無いまま――無慈悲な選択を強要され。
疎ましく思っているであろう英雄達の蔑む目付きに堪え兼ねて使者一転逃亡者と罵られる道を行く、剰え“英雄殺し”と汚名を着せられると僕は指名手配されて英雄達に追われる身となり。
世界が僕を仇なす敵と、見做すや。
英雄達が、今度は僕を――殺しに来る。
英雄は僕にとって“死”となった。
*
ェ、マジで。
予想もしていなかった事実、思わず唖然となる。
当然隣を歩きながら同じく聞いていたエルミア嬢も同調し困惑の様子。
――つまるところ。
「あの子供が探している神器の持ち主……」
「あら、外見上は貴方の方が子供よー」
ソレはそうですが。――じゃなくて。
「……瑠唯さんは、何故ソレを……?」
「私の関わっている主神から聞いたわー。貴方達も、よね?」
めっちゃ優秀な主神じゃん。自ずと羨ましい……。
「その様子だと違うのねー……」
最初から情報不足であったコトは確かだ。
ただ――。
「けど……ソレだけでは腑に落ちない部分が、幾つかありますよね?」
――いっそ質問形式ではなく、直接本人に答えを求める。
「あー、私って勇者だから。それで分かっちゃうのよー」
ほへ。ゆ、勇者……?
「何の事ですか? そのユウシャとは」
――エルミア嬢。そうか。
「さあねー、私もよく分からないわー」
「……誤魔化さないで」
「本当よ、勇者なんて他人が勝手に付けるあだ名と同じ。意味なんてないわー」
だとしても、俺にとっては“意味”嫌う厄介事の象徴的称号。
私、面倒事のは不必要って――言ったと思うがね!
転生竜、これもまた空であり逃げようがありません!/了




