growth 26〔転生竜、ワタシは新しい事どもをする〕②
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そぼ降る雨の中をトボトボと、帰宅した頃には全身がびっしょり衣服も水気で色濃く。
そして目的の物は無い、手ぶらのまま廊下で立つ。
――臨時休業。
店の前でそれを知る。
他をあたるかと思いはしたが、周辺に代わりとなる店舗はなく当所も無い。
断案帰路に在ればと探しはしたが見つけられず。
小雨に見上げる自宅のマンションが、終点を告げる。
自転車置き場を経由し、エレベーターホールに。
途中水分を含んだ衣類の所為か歩調は重く。
すれ違う人の目を引いて、今更気にすることはない。と、気付けば鍵を開け部屋に入る。
出発する前と何も変わっていない。
数時間前と同じ、並ぶゴミ袋はすっかり見慣れた大名行列の片寄る庶民。
などと、下らない。
無意義な考えよりも先にすべきコトがある。
結果の報告それより先に着替えを――床の、拭き取りが優先か――。
思考が纏まらない。
その間も着衣から廊下の床へと水が滴り、溜まる。
いずれは床と扉の隙間から向こうへ流れていくのではないかと思う程、動けず。
立ち尽くす。
扉一枚が途方もなく、どんどん厚みを増して目の前の現実が……――、……――。
そうだ、僕の現実はもうとっくに壊れて動かない。
薄い紙の上では僕の夢は――変わらない。
△
彼女が笑う、薄い紙の上で描く僕の絵を見て。
最初は少し気恥ずかしかったが互いに切っ掛けを求めていたのかもしれない。
――問い掛けに、僕は答える。
非現実的で空想上では最強の名を。
――更に問われる、僕は悩みながらも解いた。
最強をも倒せる存在、英雄達の事を。
――追究が、続く。
さすがに分からなかった。
最強と名高い生物を倒せるのが英雄、その英雄を倒せるモノは一体何と呼ばれるのか?
話としては其処で終わってしまった。けれど彼女は楽しそうだった。
きっと正確な答えが欲しかったのではない。
その瞬間の、一時の夢。変わらない、色褪せない筈の願いが、今――瓦解していく。
※
――、……――僕は。
「率直に聞くわねー、貴方が持ってる物を私にくれれば交換で恩寵は貴方に譲与するわー。どうかしら?」
僕が、持っているモノ……。
「……瑠唯さんの、目的はソレですか……?」
「希望としてはね。恩寵に興味がないのは、本当よー」
それなら――。
「――……他の人達は?」
「詳しくは知らないわー、だって私は独りだもの。けど差し金はこっち。他使者の動向までは基本関与しないわー、邪魔なら減らせばいいでしょ」
邪魔……。
「待たなかった理由は……嘘?」
「事実を除けばソレは嘘になる、捉え方じゃないかしらー」
――この人との間で、質疑は成立しない。
きっと本心等は会ってから一度も話していない。と思う。
英雄と呼ばれる者達はいつも、そうだから。
「あら意外、闘る気なのねー」
臨戦態勢となる様子を察して、やや後ろに下がり瑠唯が距離を取る。
「無駄よ、貴方じゃ私には勝てないわー」
なら何故――。
「アナタには僕を殺せません」
――退く必要があったのか、瑠唯自身がソレに気付いていない。
僕の知る英雄が“強者”である限り、僕はずっと“弱者”のまま、なのだから。
※
扉の向こうで彼女が告げる。
僕はそのまま、扉を開けることなく瑠唯と別れたビルへと――巨大水晶柱に、向かう。
けれどそれは本当の僕が見た現実では無かった。
僕は――小野翔陽、浪川明仁ではない。
とある事故の直前で異世界へと飛ばされて神から才能を授かり転移者となった――末に自分の居た世界とは異なる繋がりを破壊する事にした。
理由は想像に難しくない。
――関係が無いからだ。
テレビ越しに知る世界よりも遥か遠い、絶対に関わる事のなかった無数の一。
酷い訳と思う。
自分勝手な発想で、身勝手な選択だ。
けれど僕の気持ちは変わらなかった。
限りある命が雑に扱われて、無数の一が大切にされる。
多くの中から選ばれる少数の命を助けて賞賛され英雄と持て栄やす。
人は変わらずに、残酷だ。
僕も変わらずに非道と生きる。
世界が称える英雄を殺し、英雄殺しだと叫喚されても僕は依然として。
――最強の“弱者”で在り続ける。
*
“必要な事柄は彼女にも分けて伝えてあります”
そして具体性の問い掛けに猶予の無さを理由にして去ろうとする神、その果ての言葉が。
“余計な事は申してません。陳謝しつつ”
だったら何故に謝るンッあああああ――。
――てな終わり方でした。
いつか必ず、許すまじ。
というか自分で言いたかった。その意向もあったし……。
「――ランディ君? どうかしたかな……」
おっと溜め息でも出てしまっていたかな。と。
「何でもありません」
「そう。ランディ君って、その話し方は続けていくのかな?」
ム。話し方……。
「……変更の予定はありませんが?」
「そうなんだ」
何かマズいのだろうか。
「――まだ他人行儀なのかな……」
ああそういうコトね。
「元からです。打ち解けていない訳ではないですよ」
基本ずっと緊張はしてます。甘言要領を得ずってな感じで。
「そう……」
若干不満そう、だが現状はどうしようもない。
徐々に雰囲気だけでもクダけていければ、と。
「ランディ君――」
即座に立ち止まる。
エレベーターを降りてから暫く水路を当ても無いまま歩き続けて、不意な声色。
――何事かを探すよりも先に、その声の緊張で察知する。
そして直ぐに明らかとなる。
階層全体が薄明かり。淡い光源の一筋がスポットライトの様に照らす、下部が短い金色の十字架。その傍らで発見する。
「……嘘」
片方の手を柱に打ち付けられて偉大な聖者の姿と類似する――彼の女、その姿に息が詰まるのを感じ取る。
転生竜、ワタシは新しい事どもをする/了




