growth 23〔転生竜、迷宮には見せかけの友が居る〕③
彼女の姿は一目見た時から他とは違っていた。
ただ異様と言うには馴染みのある、極めて平凡な格好。
ジャケットは無いが白いブラウスにタイトなスカート。
何処かの企業でOLでもしてましたか、と問うしかない。そんな見た目の印象。
だからこそ場違いな違和感なのだろう。
優美なさま、歩き方ひとつとっても今居る迷宮には不釣り合い。
まあ現在の地下駐車場や前の構内を行く場景は、かえって調和しているとも言えるが。
迷宮としての要素に、彼女の存在は違和感でしかないのだ。
――なら。何故、ここに居る。
何より気になるのは、お嬢さんが居ない事。を――。
「――エルミアさんは?」
「今治療中よー」
なぬ。それはどういう。
「怪我をしたのはエルフの彼女じゃなくて、アマゾネスさんの方ねー」
アマゾネスさん……。とはいえ、言いたい事は分かってしまう。イッツ的確。
「彼女独りだったでしょー、たぶんソレねー」
なるほど、理解。
実を言うと離れた所で何か音はしてるなーと、思ってはいたのだ。
てなワケで事情は察した。ので。
「あら、行くのー?」
「行っても何も出来ませんが、一応心配なので」
おそらくはいつもの様にあっけらかんとしているだろう、と思いはするが。
「……そう、貴方も仲間思いなのね」
そういう訳でもない。が。
「上司の機嫌が悪いと、後で面倒なことが起こるかもしれません」
建前としてはそんなトコで。
「フフ、貴方とはまた、ゆっくりと話がしたいわねー」
本当は望むところだ。
しかし今は――。
「――いずれ、近々お願いします」
「ええ、覚えておくわー」
それではと自然の流れで少年を任せて、二人のもとへ。
不意に違和感の一つに気付く。
ただ些細な事なので踵を返すまではしない。
なんというか、やや時代がかった。そんな感想に、捉えてしまうのだ。
……何故?
まあ今は、重要でない。先を急ぐとしよう。と、変転し――。
…
――立ち止まった所で完全に言葉を失う。
近づくにつれて違和感、もとい異和感。
想像していた状況とは異なる、駆けつける覚悟とは合わない神妙な面持ちになっていく気がする。
「……おぃ、もういいからヤメろ……」
ピュアモルトだと思う。
自分が来たことに気付く様子も見せない、もの凄い形相の横顔でエルミアが何かをしている。のを掠れ声で、制止を促す。
と片方だが目が自分と合った。
「ラン坊、丁度いい……コイツを、止めてくれ」
止める。――何を。
「もぅ手遅れだ……見りゃ、分かる…だから、よ…コイツが、死んじまう……」
第一いつまでも痛いだろ。と苦情を言う元気はどこから湧いてくるのか。
それ程に外から見ている当人の姿は息も絶える状態となっていて。
既に命を保つ上での活動は半身以下、四肢に関しては右手を残すのみ。
原形を留めていない部分は黒く焼けたのか炭化し、崩れているところもある。
なのに――顔の半分で、ニヤリと笑う。
まるで自身を見て呆気に取られるこちらをあざ笑う様に。
「……ったく、なんて顔…してんだ…、オマエら」
――ピュアモルト。いや。
「マスター、相手は?」
「……当然あの女だな」
言うに及ばず。無駄な体力を使わせてしまった。
「仇を討とうなんて思うなよ……、無駄だ」
無駄。無益とは思わない。が敵う相手ではない、それをこの場に居て既に実感している。
最初ロケットランチャーでも打っ放したのかと思う程、周辺の状態は凄まじい。
これが戦跡だと言うのなら上陸前の艦砲射撃でもしたのかと思いたい、尋常ならざる光景が辺り一帯――まともに歩ける場所が見当たらない。
イヤ、一箇所だけ不自然に平らな空間がある。
其処を除けば大小様々な窪みが、足の踏み場もなく――。
角張った柱等も穴の空いたチーズみたいに。
「――……エルミアさん?」
不意にこれまでピュアモルトの身体に触れて何かをしていたエルミアが肩から崩れ落ちる。咄嗟動く限られた自由の右手がソレを受け止め、無事に済む。と。
「…魔力切れだな、下手すりゃ…死ぬぞ……」
間近なのはアナタの方でしょ。とはさすがに言えない。
というか驚異的な生命力だ。
一般人なら即死級の損傷と言って間違いはない。
「――今のうちに…、連れてけ…」
連れて行く。
「何処に……?」
「バッカ、オマエらは――何のために、迷宮に来たんだ……?」
何の目的。
「自分を見失うな。ココはそういうヤツから死ぬ」
「……マスターは」
何を聞くつもりだ、俺は。仮に聞いたところで、どうしようも。
「アタシのコトは……気にすんな、テメェでやりたいように生きた、結…果だ…」
だとすれば何という豪快な生き様。
コンクリートの床をも溶かす苛烈な死地に花など一本たりとも存在しない。
風も無い無機質な地下駐車場。
其処で彼女の命は燃え盛り、周囲を諸共焼き捨てる。
そうして焼却した命は背を柱に預けたまま上体は倒す事無く、その手でエルミアを支え続けた――。
…
――暫しぼんやり佇んでいた。がエルミアの身も案じ、その場を離れることにした。
行き先は確かではなかったが取り敢えず別れた所へと戻ってみる。
――意識がないエルミアは背負い、急がず休まず。
結果二人の姿は何処にも無く、行方も知れず。
ただ只管に堅い床を冷たい足音を立てて歩き続ける。
当ても無く、正解か如何かも分からない。
それでも前へと進む、同じ様な風景を眺めながら何となく。
数分、数時間、いつしか動き出すエルミアが背中で震えているのが分かっても立ち止まらず前進する。
ゆっくりと、次第に脚が動かなくなるまで憔悴して、ようやく自身の疲労に気付く。
ゴールはまだ見えない。
どこまで行っても同じ地下の迷宮が広がっている。
疲労困憊の体に鞭を打つ、前へ進めと気持ちを奮い立たせる。
が最早一歩も動ける状態ではなかった。
どれだけ進んだのかは定かではない。
一応身柄を預かっている立場としては過酷な労働をしてしまったのかと内省。
だが悪くない気はする。
きっとこの身体、今は亡き本人の意志が背を押してくれた。からここに至るまで歩く事が出来た。そんな気が――する。
ああ駄目だ、限界。
フッと力が抜ける。と同時にスッっと背負っていたものが自ずと立ち上がる。
そして気づけば少年の体は剥き出しの天井へ仰向く、膝枕。
久し振りに彼女と面を合わせて互いを見る。
何も言わず、何も言えず、少しの間俯く顔の左右から垂れ下がる髪の揺らぎとその瞳をじっと見つめる。
そんな折に一つの言葉、あらゆる感情を振り絞る声は――告げる。
「ありがとう」
次いで静かに流れる涙が頬を打つ、音は聞こえない。息をしていることすら忘れそうになる。続いて溢れる涙は自分の目尻を伝い、――落ちる。
*
二人で乗るには広く思える昇降機がモーターの様な音を立てて上方へと移動し続ける。
体にかかる重力は然程感じない。
絶えず身を任せている内に無いも同然となる。
――それよりも。
「本当に皆を待たなくて、よかったの……?」
「そーね、次層に進む出口が偶然見つかっちゃったのが惜しいものねー」
「だったら尚の事……」
「ここの出口は出没よー、直ぐに見つかる保証はないわー」
だとすれば平然としている事で余計に疑問を抱く。
「……瑠唯さんは一体、何が目的ですか……」
「私ー? そうね、強いて言うなら、自分が思うままに振る舞うのが私の信条よ」
「信条……」
自分を示す言葉。
果たして僕にそんな生き方が、出来るだろうか。
転生竜、迷宮には見せかけの友が居る/了




