growth 19〔転生竜、時にかなって美しく〕④
純粋な力で打倒する野獣。
反対に知性を感じるしなやかな動きで、舞う様に対象を切り裂く美女。
どちらも人の力を超越した超人の域として眺める事しかできない。
故に明仁は考えるのを止めていた。
一先ず二人の活躍を見つつ呼吸を整えて、改札口の向こうに到着する列車を見る。
「あの、電車が来たみたいです……」
「――何ッ? ヤベェな! てかコイツら、どれだけ居るんだよッ!」
言いつつ打っ飛ばす一撃で他を巻き込み十数体が霧散する。
「発車する前に行けそうー? 無理なら交代するわよー」
挑発的な笑み。背を向けている相手には見えていないと思われるが。
「冗談だろ。――おい、走る準備をしとけよ」
不敵に笑う。その口元に何かがチラつく。
と明仁の視界がパッっと輝く。
赤い熱を帯びる凄まじい空気の流れを肌で感じ。
「焼き消えな」
灼熱の――、炎の色で染まる地下構内一角を爆発的な熱量、そのエネルギーで放たれる火炎の波、火竜が持つ血流の発火が進路を塞ぐ魔獣の大群を瞬く間、――呑み込む。
刹那の出来事。
「ァ、ゥア……」
肌だけでなく喉、同時に乾く瞳は閉じ。鼻の奥が燻される様に熱い。
周辺の音が蜃気楼みたいにボヤけて聞こえる。思考には白い靄がかかって、何をすべきなのかが。
「走れッ!」
――そう、だ。
今僕は走らなければならない。
ちゃんと立って、目を開き、酸素を吸い込んで。
何処に――?
「ランディ君、お願い!」
……ランディ? ダレ。
体が浮く。自分の意思とは関係なく、誰かが僕を運ぶ。
「オマっラン坊ッ、なんで」
「クァクッ、クク!」
鳥の鳴き声……、――少し違う。野太い囀り。
「あん。よし、こっちに貸せ」
再度視界が転じる。今度は以前に見た光景、と腹に食い込む痛みにもたえる。
「とにかく急げよ!」
――グッ。
そして熱い、まだ所々で小さな火も残っている。
ただ注目はそんな事よりも進行する方向とは反対に抱えられた後方の様子、眼中で佇む一人の、子供……。その小柄な体に駆け寄る長身の誰か、二人の姿は忙しなく――離れていく。
▽
――ギルドマスターのピュアモルトに見送られて迷宮入りした後、寝ずの進行で二層ラストの転送装置に一日程で辿り着く。
道中は当然の様に魔獣が襲い掛かってきたりもしたが難無く撃退。
前回の地下迷宮“蔓延る魔獣”と比べ内容からしても易いモノだった。
帰りは入宮する前に入口の水晶柱で記録した帰還の石で一息――との事だったのだが、何故か使用後に気付くと。
女神の園に居た。
驚き――は俺以上にエルミア嬢の方が凄く。
なんというか、隣でパニックになられると反って冷静になる。みたいな。
そういう流れもありつつ状況の説明を受けて。
ハ? ――と言葉を失う。
エルミアに至っては顔面蒼白といった感じで。
まさしく、どういうコト? と混乱する自分達に女神は再度平然と告げる。
“ですのでアナタ達が迷宮に入った直後、その前に居た世界は消えて無くなりました”
結果応急処置、言わば緊急時の特別な対策で偶然迷宮内に居た自分達は世界の理とは若干異なる事から――女神の園へ、強制転送、避難させられたのだ。
しかし問題は言うまでもなく山積みで。
詳しく事情を聞かされた上で尚、呆然とするしかなかった。
終いには泣き崩れるエルフを余所に今後の次第を尋ねる。と。
“現状私が管轄する世界は極めて不安定な状態であり、現時点で消滅を免れた世にもいずれは影響が達し全ては一つに統合されることでしょう”
その発端、原因となったのはとある人物の願い。
つまりは恩寵である。
――女神アマウネトの話では。
神々は各々十二の世界と一の原初世界に関与をしているらしく、その内管轄する十二は任ずる神が根幹を定め十三と並ぶ唯一無二の万有から配分される魂等を受け入れる。
要するに転生者みたいなヤツが来て、世話を焼かされるというコトだ。
何故そうしなければならないのかは現在気にする事ではないので、歯牙にも掛けず。
本題に入る。
どうして、念願叶う異世界が消滅したのか?
厳密には消えたと言うよりも統合された。十二の世界が其々一つの塊、世の理が圧縮された現象として結晶化し十三へと現界している。
具体的にどういう状況に成っているのかは進行中である為、確定した内容として述べる事はできないとのコト、だが。
放っておけば確実に最後は全てが乱れたのち他の異世界を含めて完全消滅する。
だから今まで居た所が如何とか、次はどうする、とか。そんな目先の欲に囚われたところで遠くない未来、全ては無に帰する。
そしてそうなる現状を作り出したのは他の神が管轄する世界で願われた恩寵が起因とする、世界の混乱。誰かの願望である。
何故にそんなコトを。と思いはするが女神であってもその答えを知る術はない。
それこそ直接本人に聞く以外の方法は――、仮に聞いたところで。だが。
一つ気になる事。
なして自分達の居た世界が最初だったのか。
まあ分かったとして、今更どうにもならない話だとは思うが。
それでも問い詰めたい気持ちにはなる。
折角、夢のまた夢、互いに奇跡的な機会を得た上での願いをどういう訳か手放す――それ以上に残酷な結果を求めた。その心境を知りたい。
それを叶えられるかの問い掛けに、女神はやや言い辛そうではあったが、述べる。
“彼の者は他の神が統べる世の転移者。其処でどの様な成り行きになったのかは知りませんが、最初の願いを成就させた後の功績により更なる大願を得。その願いが世界を混乱に導く混沌の聞き入れとなったのです”
ハイ? ぇ、じゃあなに、一頻り異世界を堪能したから後輩とか後の事も気にせず終わらせちゃえばいい。そんな感じで……。
無論そうと決まった話ではない事も頭では分かっている、が。
一層直接会って、文句の一つでも言ってやりたい感情を――あらわに。
「その人は今どこに、会いに行って抗議します」
当然今更なにをと聞かれるのだが。
内容等は会ってから決める。
少なくとも自分勝手な話だったのなら一発位は身に受ける文句として許容するべきだ。
こちとら大事なもの、どころか何もかもを奪われて失くしたのと同源イヤそれ以上。
途端に取り乱していたエルフが立ち上がる。その憤りが表す顔付きは、正に物語る内心。
「女神様、ワタシもお願いします。ワタシもランディ君と一緒にソレを願った人に、会いに行きます」
その願いに対し故は聞かず、暫し考える様に間を置いた後。
“聞き入れる善処をしましょう。しかしながら他領に入る願いとも言えます。それだけでなく所在を知り得るには時間をも要します”
モチロン容認する。
他に出来る事も、ましてやしたい事は世界ごと無くなってしまったのだ。
ただ少し気になるのはエルミア嬢。
気負い過ぎてはいないだろうかと、不安に思う。
しかしそれからほぼ一ヶ月近く自分達は女神の園で変わらぬ時期を共にした。
その間は二人で何気ない話をしたり、時には込み入った事情も少しだがお互いに暴露したり。今後の為になるかと相談しながらの戦闘訓練、連携なども行った。
迷宮と同じで、園の領域では肉体的な成長はしないものの成果はそれなりに積み重なる。
女神はただ其処に居て、瞳を閉じ続ける。なのでそっち退け。
いつしか二人の間に現状は悪くない。そんな雰囲気が出来始めた、そんな三十日程。
突如なにをしても反応の無かった女神が覚醒する。
次いで待ち望んだ重大な第一声が――。
“神は寝ないと以前に言いませんでしたか?”
――本当ごめんなさい。
話の中身までは言わなかったが、心から謝罪をしておく。
なので第二声。
“おほん。彼の者の所在が分かりました。加えて統合されつつある世界を乏しい可能性ではありますが、他の神々と協議し僅かながら救う手立てとして与える知恵の許可を採決、可決しました。どうです?”
如何――と聞かれましても。
「女神様、それはどの様な内容なのでしょうか」
さすがはギルドの元事務員。意図等を汲み取る流れはお手の物か。
だがその後の事、女神の話す神々が協議した上で可決したと言う世界救済の方法は余りにも壮大で――転生竜、人の子にも打って変わった自分やギルドの元いち事務員には重圧となる要素が盛り沢山で聞けば責任も伸し掛かる。
再び錯乱するエルミア嬢。動揺する自分達の前で、神っぽい事をしたと言いたげに胸を張る欠陥だらけの女神。が。
“ダレが欠陥だらけですかーッ!”
と声を荒げたのが十三原初世界に出来た迷宮に入る、少し前の事だった。
“――うわぁスッゴク胸にぶっ刺さりましたよ、ソレ”
転生竜、時にかなって美しく/了




