growth 16〔転生竜、時にかなって美しく〕①
少年の名は浪川明仁、柱騒動の現場からは数百メートル圏内の高校に通う一年生。
下校後に運悪く此度の騒ぎに参加していた数名の男グループに目を付けられた。
「ねえ、今肩ブツけてきたでしょ? 謝ってよ」
見るからに難癖を装うその仕草で半ば強引に路地裏へと押し込まれた後、慣れた様子で一人を囲む四人の男達に為す術なく。
「……違、ブツけてなぃ。そっちが急に……」
「ハアッ! なに、こっちが悪いって? なに言ってんのキミ。頭大丈夫かな?」
「――ホントに」
次の瞬間目の前の男が急速に顔を寄せる勢いで明仁の口からヒッと悲鳴が漏れる。
「だからさッ! 立場分かってるっ? ほら、さっさと謝ってよ。証拠の動画も撮ってあげるからさ、安心して」
告げる男の目線が少年の背後でスマートフォン片手に撮影をし続けている仲間の方を見、確認する。
そして指で丸を作る仲間から録画中である事を改めて、確かめたのち。
「ごめんなさい、ボクからわざとブツかりました。て言え、ほら早く」
「違、僕は」
「うっせえッ早く言えよッ!」
一際高く男の声が路地裏で響き渡る。
他の男達が周囲に目を向けて第三者に気付かれていないかを不安に思う。がその成り行きを確かめるよりも早く少年の心は折れ、口から発する言葉に一同が注目する。
「……ゴ、ゴメンなさぃ……」
「いいじゃん。で?」
一旦は口ごもるものの容赦ない無言の問い詰めに少年の口が再度開く。
と緊張する場の空気を僅かに乱す、誰かのくすり笑いが男達そして弱々しい心の内に届き顔を上げさせて、――皆の視線を集める。
「ハーイ、今か弱い男の子をイジメている悪い人達を生中継でお送りしてまーす」
「――は?」
思わず声に出るリーダー格の男。しかし次の瞬間には。
「なに撮ってんだテメェ!」
「あらコワいわねー、でも直ぐにお巡りさんが来ちゃうから、逃げないと大変よー」
レンズの焦点を狼狽える男達の顔に合わせ、もう片方の手ではヒラヒラと誰かを呼んでいる招きの合図で振る舞う。
落ち着いたその様子に信憑性等を確かめるよりも。
「おいマズい、行くぞ。――ほら、おいッ早くしろって!」
慌てふためきながら、入って来た時とは別の方面へと男達が路地裏を走り去る。
そうしてその足音が遠くに、聞こえなくなった頃合いで。
「君、ずっと其処に居るのー?」
エっと気が抜けていた心が我に返る。
「実は私ね迷子なの、誰か道案内をしてくれないかしらーて、思ってるのよ。ね?」
「……でも」
細く長い滑らかに振られている指、その建物で見えていない先へと少年の瞳が動く。
「ふふ、ウッソ。誰も来ないわよー」
微笑む。
その艶めかしく加えて怪しい雰囲気が一層まだあどけない心を惹き付ける。
腰まで伸びた艶やかな髪も、淡い色の唇やホクロのある目元すら美しく妖艶な程に見えて目を離せない。
――虜となる。そう表現しても可笑しくない位には見つめ続けていたのだろう。
「お姉さん、そんなに熱い眼差しばっかり向けられても、困っちゃうんだけどなー」
「ぁ。……ゴ、ゴメンなさいっ」
「いいのよー。ところで君、〇〇ビルって知ってるー?」
「……ハイ、知ってます」
「あらよかった。そこまで案内してくれないかしらー」
「でも……」
其処は確かずっと廃墟みたいな空きビルで、巨大水晶柱の直ぐ傍。
「私その建物が在る土地の所有者と関係があって、下見に来たのよー。だからね、お願いできるー?」
「……わかりました。案内します」
「ありがとー」
ニコリと笑む。
その笑顔に微かな違和感。ただそれが何であるかは分からなかった。が。
路地を出て手引きする少年。そして後ではなく、隣に付いて歩く女。
――二人の出会いはこうして意図せず、けれども緩やかな成り行きとして、回り出す。
△
今居るこの場所が何なのか、どういう所なのかは分からない。
眩い光に戸惑い、確かに身体が浮いた様に感じられた。
気付くと僕は知らない電車に乗っていて。
雰囲気的には地下鉄と思われる構内が停車している扉の向こうに見える。人の居る気配は感じられず車内から恐る恐る踏み出すと、他の違和感にも気が付く。
白いタイル張りの見慣れた光景は薄暗い灯りの下で幾重にも広がり。
まるで同じ線路脇の構内が合わせ鏡の様に連なる、先がどこまであるのかも分からない程に遠くまで。
並ぶ、構内と線路の間には改札と出札窓口があり見えている範囲では何処も無人。
他に階段や化粧室なども在るが、階段に至っては天井が壁となり完全に意味を成していない。そんな中で唯一の違いがある所といえば、最初の列車以外に車両は無く時折り駅長室が在る停車場にて、瑠唯が探索とやらを繰り返す。
明仁はその後を付いて歩き、たまに彼女が発する言葉に反応したりしなかったりと。
――そんな現状で。
「あら、これも便利ねー。貰っちゃおっと」
「……あの」
「なーにー?」
「さっきから入れてるその袋は、何?」
明らかにサイズ感と入れた物の受容量が合っていない。不思議。
「これは収納袋、便利な物よー」
便利と言う言葉の許容範囲が広すぎ、て。
「変ですよ……ソレ、あとココも、どこもみんな、……お姉さんも」
「瑠唯でいいわよー」
「……――るいさんは何で、そんなにこの場所に慣れて、どうして普通に……」
普通に過ごしていられるのか。と、謎だらけの現状、最も気になるのは彼女の存在そのもの。自分は今にもさっきの獣が出てくるのではないかと動悸も安定せず。
不安で足下ばかりを見てしまう。
「――アキ君は本当に質問が多いのね」
唐突に覗き込む目と、合う。
いつの間にか探索を終えて傍に来ていた瑠唯の本心を見透かす様な深い色の瞳孔で、俯いていた少年の顔は上がる。
「楽しくないのー? 男の子って、こういうの好きでしょー」
「こういうの?」
「そうねー、ゲームっぽい? アキ君はそういうの嫌い?」
「……ゲームはします」
「なら楽しまない?」
「それはゲームなら……、これはゲームじゃないし」
「一緒よー」
「……一緒じゃないです」
「そっか。なら悪いコトしちゃったかな」
エっと驚く、一方で可憐な少女がするみたいに指先を顎に当てて傾げる瑠唯。
「てっきり男の子は皆こういうのが好きなんだと思ってたわー、なんて言うかアキ君は見た目と中身が逆なのねー」
「……それは」
「分かったわ。探索は程ほどになるべく速く、終わらせるようにしましょー。それでいーい?」
「はい、お願いします……」
「いいのよー。無理に誘ったのは私だから、気にしないでー」
扉が在る方へと向かい、パンプスがコツコツと鳴る。が直ぐにその音が止み。
「あら、こっちの方まだ見てなかったみたいね。アキ君ちょっと待っててねー」
「……はい」
「――あら貰っちゃおっと」
次いで明仁の口から小さな溜め息が漏れる。
…
室内の探索が終了し次に並ぶ駅へと向かう改札の先、車両の無い線路上に二匹の獣がうろつく。
その様子を壁の陰から窺っていた瑠唯が後ろ側で待機している明仁の方を見、告げる。
「アキ君はここに居てねー、私が倒してくるから」
「……どうやって?」
「パパッと片付けるわー」
「そうじゃなくて……」
「ならチャチャッとー?」
「あの、だから……ァ」
「行って来まーす」
徐に、そして堂々と線路に降りていく。
艶やかな茶髪が灯りの加減で赤く、その姿を認識する獣の眼には鮮やかにも映る。