growth 12〔転生竜、叩けよさらば開かれん〕③
俺の体というか魂に刻み込まれた神器の力。
――地下迷宮“蔓延る魔獣”の守護者を倒して得た。
その能力とは。
「さっきまでとはなんつーか、雰囲気が変わったなラン坊」
確かに外見はそのまま、しかし中身というか現状は子竜の方に代わっている。
何故そんな状況に成っているのか、それは勿論神より与えられし幻象の力。
変身と言ってもあながち間違いではない。が、その実は本当使い勝手の悪い内容で。
見た目は瓜二つもといほぼ同一に成れる代わりにその対象となる相手とは親密な時間を共に過ごした経緯がなければならないという条件付き。
要は生きる時間の中で最も長く一緒に居た相手のみ変身が出来る。
但し幻像なので本来は容姿だけ見えている筈なのだがモノは神器で効果が絶大。触れられても気付かれないし解除すらされないが副作用的な結果で自分すらも“幻覚”にハマる。
つまるところ飛べない。
少年の肉体であるという強烈な印象が洗脳に似た呪縛を生み出すのだ。
「どうした? 初っ端のお詫びだ、しばらく見ててやるぞ。それともビビってるのか」
勿論萎縮はしてる。
さっきのはどう考えても人間業と思えない。
だが此処は異世界で俺は転生者、でもって現状は最強の竜――!
「おッ速いなっ」
飛行はしないが最強種の筋肉。
全身隈無く竜で在る形象から踏み付ける水底に当面の間は変わることのない跡を残し悠然としているハレンチな相手の懐へと躍り出る。
よし。――触っ。
「ハイ残念、後ろだ」
は? いつの間。
「加減は最初と同じで、背中だ」
ぇ、いやマズい。
筋肉を強張らせ衝撃に備える。と同時、最初に味わったあの一撃が再び身体を強打する。
とはいえ、さすがに竜の肉体。
空中での反転後難無く着水にも成功する。
「おう、おう、そういう感じで頼むわ」
イヤ凄ぇよ。――竜って本当スゴい。
痛みだけじゃない。身体の、ありとあらゆる感覚がとにかくやっぱ凄イ。語彙力何処だ。
ともかくまだまだ――ァ、レ……?
「――ん、どうした?」
鼓動がオカシイ、てか呼吸もし辛く。
駄目だ。立っていられない。
「ェ。おい……?」
膝を突き、四つん這いとなった少年の顔が水面に映る。
そうか。分かったのなら、ば――早く。
▽
“これは誰のだ?”
宿の部屋で知らぬうちに置かれていた机上の物を見つつピュアモルトが問う。
ふと事実かは分からないものの、答えと思しき謎の人物。次いでその流れを説明すると。
「なんだよ、あの爺。人に世話頼んどいて自分も来てたら意味ねぇじゃねえかよ」
愚痴るギルドマスター。その傍らで置かれた内容物を確認していたエルミアが呟く。
「衣類は全て子供用……というコトは、ランディ君に……?」
なるほど。そういえば、ずっと気になってはいた。
「爺にしては気の利く話って感じか。けどよ、どうせベベを一新するってんなら先にすべきコトがあんだろ」
ベベ? すべきコト?
すると何故か少年を見る気丈な瞳が若干嫌そうにも映る表情をして。
「着替えるのは風呂に入ってからだ。丁度近くにイイ温泉と川が在る、試験終わって風呂に入るそれで飯食って出発。完ぺきだろ?」
素晴らしい。ただ川には何の用事が。
「マスター、ひょっとして温泉目当てで……」
「バカ、街は迷宮の話でしっちゃかめっちゃかしてんだよ。直接行ってたら今頃大変だったんだぞ?」
「ワタシ退職します」
「なんでだよッ」
ま、とにかく。――温泉には絶対入りたいです。
△
「ハァ…ハァ…、ハァ――っ」
一先ず持ち直しはした。
しかし再度変転後の少年体では――。
「おい、大丈夫か? さっきから何が起きてんだ……」
――ここは時間を稼ぐしかない。
「手、手を出さないって、言いませんでしたか……?」
「いやそれはほら、出してないぞ」
確かに嘘ではない。が寸止めのパンチで衝撃波を出すって、一体何処のファンタジー。
勿論、所は此処なのだが。
「……しばらく見てるって話だったのでは」
「それはだな、思ってたよりもイイ感じに入って来るから反射的に……。てかなんかイマ体が光ってなかったか?」
そういえば変転の際に淡く光っていたかもしれない。
幻象の力は継続したままなので竜の姿を一瞬でも見られた訳ではないだろうが人目に付く位には認識をしておこう。
「それにまたなんつーか雰囲気がよ、弱々しいと言うかだな。何なんだ一体?」
不思議がるのは当然。だが返答はできない。
そして動悸は落ち着いた。
「ぉ、イケるのか?」
やや心配して川の中まで来てくれてはいたが前提としての決まりがあるので易々と近付くまではしてくれなかった。
ま、それで勝っても嬉しくはないのだが。
――にしても、ボロボロだな。
既に相当使い古された衣服ではあるが迷宮内での出来事や水に濡れたりブッ飛ばされたりしたことで一層ボロ雑巾みたいに仕上がっている。
寧ろ迷宮で手に入れた防火布の方がまだマシに――、あれ?
立ち上がりしな肩口に巻いていた唯一の装備品が無くなっている事に気づく。
するとこちらの動向を見て察したのか、唐突に指し示される下流の方にて発見。
「だいじな物だったのか? アレ」
大切、と言う訳ではないが転生後に初めて入手した思い入れはある。――そうだ。
案と呼べるほどの内容ではないものの布を拾いに行く次第で思い付く。
さあ――今一度、変転の淡い光に身を包み。
「ぉ、ソレだ。何だ?」
手には濡れ布を持ち、背を向けたままで肺に酸素を送り込む。
最大を維持し続けるのは今も無理。けれども放射ではなく守護者戦同様の爆発であれば。
ただ人を相手にそれを行って、良いものなのかが。
「まあいいや。次は動かずに受けてやるよ、頑張んな」
よし。都合だけでなく、覚悟も決まった。
相手は、子供とはいえ素手の寸止めで人を吹き飛ばす程の実力者だ。
加減し後々癇に障る方が怖ろしくも思うし。遣るしかだ。
――吸入完了。
「へぇ、イイ顔じゃん。デカいのが来そうだわ」
ほな行きまっさ。
“発火”
爆音が響き渡る。
瞬間的に発生する凄まじい熱を帯びた風圧で嵐さながらに空気の膨張速度が周辺の木々や川の水を撒き散らす。
接近後の即行に加えて予想外であろう正面を覆う攻撃。
事後ではあるが身体に触れる目的で攻める必要は本当にあったのだろうかと悩む。
それ程の、会心な手応え、好感触を得る。
がそれは同時に、相手への不安。安否を気遣う結果の光景に惑う状況をも生み出す。
――ヤッベ。やっちまったか……?
一瞬の出来事だったが滝つぼの方に落ちたのが見えた。
川幅や水深は大して広くも浅くもないが気を失っていた場合は関係なく。
見に、助け――ァ、こっちはこっちで。――時間切れで。
間隔の短い二回目だったからか最初よりも急速に。
ただ二度目の対応を迅速に行い。
瞬間的な光が消えた後、一呼吸を置き顔を上げるや否や突如として正常に流れ落ちていた水の柱が逆行し空へと意思を持った生き物の様に噴流する。
ヘ? てか熱ッ。
今の今までただの川、水の温度を保っていたのに何故か温泉さながらの――湯気まで。
というか、水かさ減ってないか……?
間違いない。明らかに減少している。
そしてよく見れば、逆行なんかじゃない。
滝が蒸発してその水蒸気、空気に触れて冷やされた湯気を見て錯覚した。と思われる。
……嘘でしょ。
視界に入る異常な現場の様子に、息を呑まされる。
「おいおいマジかよ。ラン坊、オマエ竜人だったのか?」
――竜人。なにそれ。
「だったら触るなんて甘っちょろいコトを言って悪かったな」
ェ待って。その流れって。
「竜人同士、一発で決めないとな。次耐えたら最後にするぞ」
どうし……? つぎ? ェ、本当なに。待っ――。
刹那、前世の記憶にも無い。イヤあの時にも感じる事の無かった絶望がゾクリと背筋に走る。――死の前触れ。
ぁぁ。