96話 扉の先は④
「なんだかあんまり未来って感じはしないな」
「そうだね」
10年後の未来と言ったらもっと根本的に進化していると思っていたが、そうではないらしい。それもそうだ。今から10年前と今を思い浮かべても、劇的な変化を遂げたものは多くはない。地球規模でいう10年というのは案外短いものなのかもしれない。
「あ、電車きたよ」
そう言って美月が指さした方角を見ると、ものすごい勢いで電車がホームに入ってきた。だが、それはそんな速度を出していたにもかかわらず、ゆっくりと、まるで最初から遅かったかのような速度で停車した。一体どんな技術が使われているのだろうか。このおかげで電車は1駅間の移動時間がもっと短くなっているのだろう。
電車の扉は1つも備わっておらず、まるでホログラムのように一瞬にして座席部分以外が入口へと変わって、どこからでも乗ることができた。
「やっぱすごいな、未来の技術は」
「こんなに変わっちゃうんだね」
さっきとは正反対なことを言いながら、電車に乗り込み空いている席を見つけて座る。今日は一体平日なのだろうか、土日なのだろうか。この時間で人が少ないということはたぶん平日な気はする。
隣に座った美月の横顔をチラリと見ると、窓の外を、遠くを眺めていた。
「美月……やっぱり、怖いかもしれない」
ぼそりと、心の奥に潜んでいた弱さをこぼす。美月はずっとこちらの方を見つめ、優しいまなざしとともに、俺の手を美月のやわらかい手で包み込んだ。
「うん。分かってる。怖いよね。私もだから大丈夫」
そんな美月の手も少しだけ震えていた。俺だけじゃないという安心感とともに、心が安らいでくる。
電車は揺れが少ない気がした。これまた未来の最新技術によって、騒音と揺れを解消した最新の電車なのだろうか。そんなことを考えていると、あっという間に目的の駅までついた。
「こっち。行こっか」
美月に手を取られ、駅構内を歩いて改札を抜ける。するとそこには、つい先日見た光景が広がっていた。
「すげぇ、昨日美月の家に行ったときに通った道だ」
詳しい建物の配置などは覚えていないが、昨日来たという雰囲気は覚えている。中にはこの10年で新しく建ったものもあるだろうが、それを感じさせない景色があった。
「事件現場はここから3分くらい歩いたところだね。結構人通りが少ないところ」
「……分かった。行こう」
俺は少しだけ呼吸を整えて、歩き始める。覚悟は扉に入る前にしてきたと思っていたが、そんなことはなかった。
「大丈夫?」
そんな俺を見かねてか、心配そうに美月がこちらを覗いてくる。少しだけ揺れる瞳に、俺は見とれそうになる。
「ちょっと大丈夫じゃなかったかも。でも美月のおかげで大丈夫そう」
「私何もしてないけど?」
「傍にいてくれるだけでいいんだよ」
「……そう言ってもらえると嬉しいな。じゃあ行こうか」
傍にいてくれるだけで力をもらえる。この言葉は比喩でもなく、事実そのものであった。美月がそばに居なければ、今の俺はどうなっていただろうか。恐らく親父との関係は変わらないどころか、むしろ悪化していただろう。日々の学校生活はどうだろうか。京平とも、今の関係ほど仲は良くならなかっただろう。1学期が始まったときのような、お互いの領域に絶対に踏み入れることはないような、不安定な関係。想像するだけでも恐ろしい。
「ここの角を曲がった先かな」
気が付けば、裏路地と言えるような、さっきの駅前とは打って変わって人通りがほとんどない場所に立っていた。右を見ても左を見ても住宅だらけ。高層マンションなどもなく、ここは俺たちの世界とほとんど変わっていないような安心感があった。
そして美月の言っていた曲がり角を曲がると、遠くまで繋がっている一本道に出た。そこにはぽつぽつと歩いている人はいるものの、俺らしき人物はいないようだ。
スマホの時計を確認する。時刻は16時22分。事件が起きるまで遅くても30分を切っていた。52分の時点でニュース報道されているわけだから、恐らくもっと早いだろう。20~30分前、となればいつ起こってもおかしくない時間だ。
「あっ、誰か来た」
その一声で、俺はつられるようにしてさっきまでいた路地裏の角に隠れる。美月も肩が触れるくらいの距離で俺の隣に並んでいた。
「あれって……」
再び美月が一本道を覗き込むようにして見ながらそう言った。
「知ってる人?」
「……違うかもしれないけど、知ってる人かも」
ここは10年後の世界だから、俺たちのいた世界から時間が経っている。もちろん顔も歳をとっているだろうから、知り合いでも気づきにくいだろう。
「誰なの?」
「たぶんだけど、中野さん……かな」
「中野さん……」
俺は一瞬、その名前を聞いて顔が思い出せなかった。どこかで聞いた名前だが、誰だっただろう。だが、少し記憶をたどると、その人物がだれなのかすぐにわかった。
「あぁ! 美月のバスケの後輩の、一回一緒に昼ごはん食べた子か」
「そうだね……。けど……」
「けど?」
そこで言葉が詰まった美月の横顔をじっと見つめる。
「隣にいるの、子供なのかな。一緒にいるね」
「子供……か」
この10年後の世界では俺と美月は結婚している。もしかしたら子供がいるかもしれない。そんな年齢なのだ。高校生の俺たちからは考えられないほど、先の時間に感じる。




