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93話 扉の先は①

 7月28日

 昨日は遅くまで起きていた。何かをしていたわけではなく、布団の中に入って、ただぼうっと時間を浪費していた。だけど、それはひどく有意義な時間に感じた。


 目を瞑ると浮かび上がるのは、彼女の笑顔。ずっとずっと、脳裏に焼き付いたように離れることはなかった。夢にまで出てきたように思う。夢になんて出てこなくても、すぐに会うことができるのに。


 そんなこんなで結局寝たのは3時を過ぎたくらいだっただろうか。現在の時刻は10時。それでも7時間は寝たので十分な睡眠をとれている。


 朝いちばん、自然とスマホに手が伸びる。メッセージが来ていないか、それを確認するのが日課になっていた。


 おはよう(スタンプ) 石田美月

 9:20


 確認すると40分ほど前に、美月からおはようのスタンプが来ていた。俺もそれに返事する形で、犬のスタンプでおはようと返事をする。

 すると、ずっと見ていたのか、すぐに既読がついた。そして返事が返ってくるのも一瞬であった。


 寝坊かと思った 石田美月

 10:04

 ちゃんと起きたよ 三代勇也

 10:04

 朝ごはんはまだだよね? 作りに行こうか? 石田美月

 10:05

 いや、流石にいいよ。一人でなんかあるもの食べる 三代勇也

 10:05

 心配だなぁー 石田美月

 10:05

 大丈夫だって。それくらい俺にだってできるよ。今までも毎日やってたんだし 三代勇也

 10:05

 勇也! 石田美月

 10:06

 なに? 三代勇也

 10:06

 ちょっと玄関のところまで歩いてきて 石田美月

 10:06


「え?」


 思わず声が出てしまった。玄関……つまりは1階に降りてこいということだ。俺はスマホをポケットに入れて、勢いよく部屋の扉を開けて階段を下りていく。

 うっすらと頭の中でそんな気はしていた。玄関の先には人影が見えている。俺よりも少し低い身長の髪の長い女の子のシルエットだ。


 階段を降りてきた勢いのまま俺は玄関の扉をける。太陽の眩しい光とともに、黑い髪が風でなびいて光を反射していた。


「おはよう、勇也。来ちゃった」

「……いや、マジか。ビビった」


 あまりの衝撃に頭が回らず、語彙力が低下してしまっている。昨日まであんなに一緒だった彼女が、今この場面で目の前にいるというのは違った喜びや驚きを呼び起こしていた。


「あがっていい? 朝ごはんまだでしょ。作るね」


 俺の返事も聞かずに美月は靴を脱いで、まるで自分の家かのような足取りで一目散にキッチンへと歩いていく。


「私もまだ食べてないから、一緒に食べてもいいよね?」

「ん、あぁ。作ってもらうんだから、もちろん」

「何作ろっかな~」


 鼻歌を歌いながら、美月は冷蔵庫の中身を物色する。材料一つ一つを手に取って逡巡してそのまま取り出したり、引っ込めたりしている。


「俺も何か手伝おうか?」


 昨日も同じような質問をしたような気がする。だけどそんなことは分かったうえでだ。


「んー、今日はいいかな。また今度、日を改めて料理教室やろうよ」

「そっか」


 俺は予想していた返事を聞けたので、そのままキッチンを離れてリビングに戻る。そのままキッチンで美月のことを眺めていてもいいのだが、それでは何の役にも立たないし、かえって邪魔になるだろう。それならおとなしく、出来上がるのを待っているほうがいい。


 30分もしないうちに、リビングにまで食欲をそそる匂いが漂ってきた。それと同じくして、美月が皿を両手に抱えてこちらに向かって歩いてきた。


「はい。朝食だから軽めね」


 お皿をテーブルに置く。


「いつもありがとうな美月。今度こそ、俺が料理を極めて役に立てるようにする」

「うんうん。私、料理するのすっごい好きだし、全然いいよ。今度から勇也と一緒にできるって考えると楽しみだな」


 自然と、笑みがこぼれていた。それは俺も同じだった。


 何気ない休日の朝なのだが、それが俺にとっては至高であったし、大切なものであった。

 美月と軽い会話をはさみながら、朝食を取る。時間はあっという間に過ぎ去っていった。


「ごちそうさま」


 俺はさすがに片付けくらいは自分がやるといって、美月をリビングで休ませた。流石にここまでしてもらっていては申し訳ない。できるところは俺がやる、そうやって足りないところを補っていけるような関係になりたい。そう思っていた。


「今日も暑くなるんだって」


 片付けが終わってリビングに戻ると、美月が朝のニュース番組でやっている天気予報を見ながらそうつぶやいてきた。


「毎日暑いのに、もううんざりだな」


 年々、暑さが増してる気がする。去年はこんなに暑かっただろうか、そうやって毎年同じことを考えているのかもしれない。


「ね。そうだ、今日は先に日焼け止め塗っていこう」

「あ……あぁ」


 俺は昨日の出来事を瞬時に思い出し、一瞬間隔があいた。美月に腕を触られた感触は、今でもうっすらと残っている。今日も同じようにされるのかと思っていた時、美月は俺の前に腕を差しだしてきた。


「今日は私もまだ塗ってきてないから、勇也に塗ってほしいな」


 少しだけ頬を赤らめて、視線を落としながらそう言ってきた。


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