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90話 二人の時間⑫

「だってさ、あんなに堂々と自分の意見言えるんだもん。もちろん恥ずかしかったけど、すっごいカッコよかった。やっぱり勇也が彼氏でよかったな」


 美月はこちらに向かって顔を上げると、目元にはうっすら涙がたまっていた。

 そんなことを言われて喜ばない彼氏なんてこの世に存在しない。俺も自然と、口角があがってにやける。これが青春というものなのだろう。


「でも、やっぱり美月の言った通り暴走しちゃった」


 もちろん、心にも思っていないことを口から出まかせに言っていたわけではないが、ここまでアツく語るつもりはなかった。


「うんうん。あれは暴走なんかじゃないよ。本当なら、私が胸を張って答えないといけなかったんだけど、それを代わりに勇也が答えてくれた。まだまだだなぁ、わたし」


 美月は天井を見上げ、足をばたつかせながらそう口にした。短いスカートが揺れて、俺は慌てて目をそらす。学校ではあんな無防備な姿は見せない。俺と二人きりだから、はたまた自宅だから心に余裕ができているのだろう。


「でも逆に、ああやって口にすることによって実感できるというか。現実味がわくんだよな」


 俺は胸の前で拳をぎゅっと握りしめる。


「さっきの言葉、私絶対に忘れないから。勇也のほうが、ずっとずっと先を見据えてくれてたんだね」


 こちらを向いて、いたずらっぽそうにニッと笑う。それにつられるようにして、肩にかかった黑い髪がふわりと揺れた。


「まぁ、考えてないって言ったら嘘になるからな……」


 俺は照れ臭くなって、言葉尻を濁す。その小さな穴をこじ開けてくるように、美月の質問が飛んできた。


「勇也の理想の家庭ってどんな感じ? 共働き? 子供は?」


 一つ質問をするごとに、グイ、グイと俺との距離を近づけてくる。本当に、学校で委員長として凛とした立ち振る舞いをしている美月と同一人物なのか疑ってしまうくらいだ。


「家庭……か。俺の家庭はすごく複雑で、色んな事があったからな。何て言うか、世間一般的な、普通の温もりのある家庭になったらいいかな」


 俺の家は普通とはお世辞にも言えない。だからこそ、美月とは幸せで溢れているような、団らんのある家庭を持ちたい。そんな理想像が頭の中には思い描かれていた。


「そっ……か。そうだ、私の家に挨拶は済んだんだしさ、今度は勇也のお父さんに挨拶しに行こうよ」

「えっ⁉」


 俺はその言葉を思わず疑ってしまった。美月は俺の家庭事情を知っているはずだ。なのに、何故、そんなことを考えたのだろうか。


「いや、流石にそれは難しいんじゃないかな。親父、すっごく気分屋だしさ。万が一美月に何かあったら……」

「でも守ってくれるんでしょ?」

「っ……!」


 訴えかけるような目つきで、俺の双眸をじっと見つめてくる。


「分かったよ。けど、本当に話を聞いてもらえるかはわからない。それだけはどうにもできないから」

「うん、大丈夫だよ。勇也が頑張ってくれたから、今度は私が頑張るよ。どうにかして、勇也のお父さんに認めてもらうんだ」


 その目はひどく真っすぐだった。見つめられている俺が、申し訳なくなるほどに真っすぐだった。


「じゃあ、今から行ってみるか。今の時間なら、多分もう、親父は帰ってきてると思う」


 時計を見ると既に15時半。この時間なら親父は帰ってきているだろう。


「分かった。行こっか」


 美月が俺の手を握り、立ち上がる。ぎゅっと握りしめられたその手は、どこか震えているようにも感じられた。無理もない。美月には、親父の悪いところしか伝えていないのだから。

 だけど、この前の会話で少しは親父の気持ちも分かったかもしれない。俺から見た親父と、親父から見た俺とでは当然視点は違ってくる。


 結局のところ、俺が逃げて、逃げて、逃げまくっていたのも一つの要因だ。最初から、目の前から立ち向かっていれば、こんなことにはならなかったはずだ。

 だけど、その勇気をくれたのは美月だ。


「お母さ~ん。ちょっと勇也の家に行ってくる!」


 美月に連れられるまま廊下に出ると、階段を上がっていく、美月のお母さんの姿があった。


「それならキッチンの上の棚に入っているお菓子、持っていきなさい。三代君、美月のこと、よろしくね」

「は……はい」


 突然話を振られたので反応するまで、一瞬間が空く。”よろしく”というのは、今から俺の家に行くから、”よろしく”という意味なのだろうが、俺にとってはもっと大層な意味に聞こえた。


「用意してくるから、ちょっと待ってて」


 そう言って再び部屋に戻っていく美月。今までの関係なら、このまま彼女が来るのを待っているだけでよかったのだろう。だけど今は違う。そう思って、俺は足を一歩ずつ踏み出す。

 部屋の扉を開けると、キッチンの棚を空けて中を覗いていた美月が、驚いたようにこちらを振り返る。


「どうしたの?」

「いや、美月だけに用意させるのは悪いかなって。別に俺の家に行くからお菓子持っていくってわけじゃないし」

「……うん、分かった。じゃあ、袋探してくれる? あっちらへんに取っ手付きの紙袋があったと思うから」

「おっけー」


 美月は少し目を丸くしたが、すぐに優しい穏やかな目つきに戻った。


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