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89話 二人の時間⑪

「あ、お母さん帰ってきたみたい」


 美月と、学校のことやファッションについての座学をしてもらっていると、時計の針はいつの間にか15時を過ぎていた。それほど2人での会話に夢中になっていたのだ。

 窓の外を見ても太陽は少しずつ傾いてきている。


「じゃあ、行くか」


 俺は勢いよく立ち上がる。つられるようにして美月もゆっくりと立ち上がった。


「ねぇ、今さらなんだけどさ、本当に話すの?」


 美月が俺の半袖の服の袖をちょこんと掴む。


「あぁ、今さら消極的になってどうしたんだ?」

「……なんか恥ずかしくなってきた」


 視線を地面に落としながら、今にも消えそうなか細い声で俺に訴えかけた。


「それなら俺一人で行ってくるけど」

「それはもっとダメ。だって勇也何言い出すかわかんないもん」


 その意見はもっともだった。正直俺は暴走し始めることもよくある。あの日だってそうだ。とっさの思いつきで美月を自転車に乗せて学校を抜け出してきた。

 結果的にあれは正解であっただけで、暴走していることには変わりない。


「私もついていく」


 美月の柔らかい腕が俺の腕に絡みついてくる。さっきあんなことをしたが、やはり触れられるだけで胸の鼓動は高まっていく。


 俺たちは部屋の扉を開けて、廊下をゆっくりと歩いていく。もちろん、美月は俺の腕に引っ付いたまま。これを見れば、一瞬でどんな関係なのか、説明せずとも分かってしまうのではないだろうか。

 けど、流石に階段を二人並んで歩くには狭すぎるので、美月が仕方なく手を放して俺の後ろから歩いていく。階段を降りたところで、タイミングよく美月のお母さんに遭遇した。


「えっ、三代君? どうして家に?」


 洗濯籠を抱えており、こちらの顔を見て驚いた表情をする。艶のある黒い髪、パッチリと長い睫毛は美月にそっくりだった。


 そしてどうやら美月は今日俺が遊びに来ることも伝えていなかったらしい。


「えっと……すみません、少しお時間いただけますか?」


 俺は正しいのかわからない敬語を、不器用に使いながら会話をした。



 その後、さっきお昼ご飯を食べたリビングに行くことになり、正面に美月のお母さん。そしてこちらには俺と美月という構図でテーブルを囲むことになった。


「それで三代君、お話というのは?」


 美月のお母さんは3人分お茶を用意してくれた。俺はそれを口にすることなく、ぐっとつばを飲み込んで話始める。


「その……実は、美月と付き合い始めて1ヶ月半くらいが経ったんです。それをお母さんにも報告しておこうと思いまして」


 改まって口にするとやはり恥ずかしい。そんな俺とは裏腹に、美月のお母さんは顔色一つ変えずに最後まで聞いていた。


「まぁ、それは分かっていたことだからね。なんなら、最初に家に来た時からすでに付き合ってるって思ってたよ。てか、付き合ってもいないのに泊まらせるとか、うちの娘の考えがちょっとやばいのよね」

「うっ……」


 その攻撃は、美月にクリティカルヒットしたらしく、斜め下をうつむいたまま何も言い返せなかった。


「確かに、自分もあの時はちょっとびっくりしました」


 俺は追い打ちをかけるかのようにして、わざとらしく淡泊にそう言った。


「あー、もう、分かったから。じゃあ報告も終わったことだし、もう戻ろう、勇也」

「お……おう」


 勢いよく腕をつかまれ、テーブルから引き離される。だが、それを引き止めるかのように、美月のお母さんは口を開いた。


「付き合ってるのは分かったけど、将来はどうするつもりなの?」


 それは先ほどまでの冗談が混じったような調子ではなく、大人の威厳のある声だった。


「将来とかはあんまりまだわからなくて……」


 流石にこれ以上は酷だろうと思い、俺は助け舟を出そうとする。だが、それは台風のような荒波によって沈んでいってしまった。


「美月に聞いているの。美大受験するために、バスケもやめたでしょ。それなのに彼氏作って遊んだりしている暇なんてあるの?」


 的を射てる言葉だった。その言葉は俺たち二人に深く突き刺さる。

 そうだ、美月は将来のことを考えて新しい道を進もうとしているところなのだ。それを俺が邪魔しないのか、親としては気になって当然だろう。


 だけど、俺にはもっともっと先の未来が見えていた。美月が美大の受験に合格して、高校を卒業したその先の未来だ。

 俺はぎゅっと拳に力を込める。すうっと一度深呼吸をして、静寂の空気を切り裂くようにしてこう告げた。


「お母さん、俺は将来のこと、しっかり考えています。高校の先じゃなくて成人してから、それからももっと先のことです。美月に寂しい思いなんてさせません。俺が責任をもって美月のことを幸せにします!」


 まるで選手宣誓をするかのように、声高らかに言い放つ。そんな俺の言葉に虚を突かれたような表情を一瞬見せたが、その表情はすぐに柔らかくなった。


「……そっか。ごめんね、三代君。意地悪な質問をしちゃって。そんなに美月のこと思ってくれているんだね。今日は話してくれてありがとう。お父さんには、私の方から上手く話しておくわ」


 それだけ言うと、先ほどまで抱えていた洗濯籠を再び抱えて、こちらにゆっくりと手を振ってその場から去ってしまった。


 一気に緊張の糸が切れた俺は、いつの間にか立ち上がっていたので、ドスンと椅子に倒れるようにして座る。

 隣を見ると、美月が俯いたまま、耳を真っ赤にさせてプルプルと震えていた。


「勇也……カッコよすぎだよ」


 思わぬ一言に、俺は驚く。てっきり怒られたりするだろうと覚悟していたのだが、予想していた反応と違って、なんだか胸の奥がすっきりとしなかった。


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