88話 二人の時間⑩
美月もその後、自分で簡単に昼食を作って、お腹もいっぱいになった俺たちは、美月のお母さんが帰ってくるまで、部屋で過ごすことにした。
「美月って少女漫画読むんだ……」
俺は棚に並べられてある、マンガを手に取りながら言う。
「マンガはジャンル問わず読むかな。小説も同じ」
美月の部屋には本棚が2つあった。1つは教科書や美術に関する専門書が入った本棚。もう一つはマンガと小説が入った本棚だ。
「へー。あ、これ、この前見に行った映画のやつだ。原作買ったんだ」
俺は1巻を棚から取り出して手に取る。パラパラとめくると、映画で流れたシーンと同じであろうシーンが流れていた。
「そうそう。映画、面白かったからつい気になっちゃって。勇也も見るなら貸すけど」
「おー、それはうれしい。せっかくだし、今から読もうかな」
俺はそう思って、3巻までをまとめて本棚から取り出す。そして、地面に座ろうとしたとき、目の前から視線を感じた。
「どうかした?」
「あのー、勇也がそれを読み始めたら私暇になるんですけどー。何すればいいんでしょうかー」
不機嫌そうに眉をひそめてそう言い放った。確かに、それは俺の配慮が足りていなかった。俺がマンガを読んでいる間、美月は暇になる。そもそも俺が美月とお喋りがしたいと言って今日、この場にいるわけなのだ。当初の目的を見失うところだった。
「じゃあ、3冊は家に帰って読もっかな」
「うんうん。それがいいよ」
美月は大げさに首を縦に振る。それに合わせて、黒い髪がきれいに揺れた。
「よいしょっと」
わざとらしい掛け声とともに、再び美月が俺の隣に歩いてきて、座る。この、普段嗅ぐことのない優しいにおいは、いつまでたっても慣れそうにはなかった。
「今度は私から質問したいんだけどさ、逆に何で今まで勇也は彼女作らなかったの?」
美月がじっと、俺の横顔を見つめてくる。俺は一瞬だけ視線を送って、そのまま正面を向いたまま答える。
「いや、どう考えても無理だろ。教室でも何考えてるかわからない奴なんかに声かけようと思うか?」
「私はちょっと気になったからあの時声かけてみたんだけど」
「え?」
俺は驚きのあまり、勢いよく首を美月の方に振り替える。
「俺はてっきり、扉の前にいたから声をかけてくれたのだと思ってたんだけど」
「まぁ、それも半分正解だね。けど、さっきも言ったけど教室で視線を妙に感じていたからさ。少し話してみたいなって思って。そしたらもの凄くいいヤツだった」
そう言って美月は人差し指で俺の方を、指さしてくる。
「いいヤツ、なのかな」
改めてその言葉を口に出してみるが、あまり実感がわいてこない。
何度も美月に嫌な思いをさせてしまった。女の子の気持ちも全く理解できていない俺なんかが、”いい奴”なんて名乗る資格はあるのだろうか。
「私は少なくともそう思ってるから、こうして付き合っているわけだし。他の人に聞かれても胸を張って自慢の彼氏だって言えるよ」
そうなのだ。美月はクラスでも俺と付き合い始めたことを堂々と公表している。だけど、俺はなんだか申し訳ない気持ちになって、自分から自慢するようなことはできない。まぁ、そもそも自慢する友達は京平くらいしかいないのだが。
「美月は浮気とか絶対しなそう」
「そうだね。私は好きになったらとことんって感じかな。割と独占欲は強めかも」
それには薄々気づいていた。さっきの一連のやり取りだってそうだ。それに、付き合い始める前から面倒見がよい。なんというか、お母さんのように何でもかんでもしてくれる。
「どうしよう、将来、美月が仕事行くときも一緒についてきたりしたら」
「え~! それって何気に大胆なプロポーズしてない? ってか、それだったら共働きで一緒の職場で働こうよ。お弁当は毎日交代制で」
「俺、何時に起きなきゃいけないんだろ」
「そのために、今から練習しておくの。夏休み、どこかで料理教室ね」
「ん~、分かったよ」
そんな何気ない会話が楽しかった。将来のことなんて、まだ高校生の俺たちにとってはずいぶん先のことのように感じる。だけど、大人になって振り返ってみるとあっという間なのだろう。実際、小学生の時、朝、自転車で隣を走り抜けていく高校生は大人に見えた。だけど、こうして高校生になってみても、小学生のころから変わったことと言えば身体が成長したくらいだ。それは細かいところでは色んな気持ちだったりが変化しているだろうが、大本で変化したところは感じない。それと一緒で、大人になっても同じことを思い返すのだろう。
けど、変わらないからこそ大事にできる気持ちだってある。美月に出会ってから俺はそのことに気付かされた。日常に飽き飽きしていた俺が、変化しないことがいいことであると気づけたのは大きな収穫だ。美月と出会っていなければ、俺はどうなっていたのだろうか。考えるだけでも恐ろしい。だからこそ、これから先の未来も、綺麗な青空のように澄み渡ったものでないといけない。だから俺は扉に向かうことを決意した。もう、逃げない。決着をつける。




