86話 二人の時間⑧
「お昼ご飯、軽く作っちゃおっか」
時刻は12時半。歩いたこともあって、結構お腹が空いているところだ。どうやら美月が作ってくれるらしい。今まで何度も美月の手料理を食べたことがあるが、お世辞抜きで美味しい。素材はスーパーで売っているものなのに、その素材を最大限生かすような調理をしているのではないだろうか。
「材料はあるの?」
「うん。昨日お母さんが買ってきてくれてたから」
「そっか……」
その言葉を聞いて、俺は少し逡巡した。こうも何度も美月の家に遊びに来ているのだし、何といっても付き合っているのだから美月のお母さんにはしっかりと挨拶をしたほうがいいんじゃないだろうか。あの日、玄関で会ったきりだ。
「なぁ、美月。美月のお母さんに挨拶しておいたほうがいいのかな?」
「えっ!? 何急に? 何の挨拶?」
「付き合い始めました的な?」
「あー、たぶんだけど、お母さんそういうの聡いからもう気づいてると思う」
「やっぱりかぁ。けど、こうして家にもお邪魔しているわけだからさ、1回くらい挨拶とかしなくて大丈夫かな?」
「ん~、それは勇也が決めて! 私に聞かれても困るよ……」
「確かにそうか」
そもそも美月に聞くのが間違いだろう。こういう優柔不断な男は嫌われるかもしれない。俺はしばらく頭を悩ませた末に、決意をした。
「よし、美月のお母さんが帰ってきたら挨拶しに行こう。決めた」
「……マジ?」
「大マジ」
美月は隣で何か煮え切らないような態度をしていた。それもそうだろう。自分の親に、自分の恋愛関係を話すのだ。俺が逆の立場だったら無理だろう。そもそも、親父の場合は話しすら聞いてくれない可能性があるが。
「何時ごろに帰ってきそう?」
「ママ友と一緒に買い物と昼ご飯食べてくるって言ってたから3時くらいには帰ってくるとは思う……」
「じゃあそれから話そうか」
「……うん、分かった」
ようやくあきらめたのか、納得してくれた。
俺たちは1階に降りていき、キッチンに入る。美月が冷蔵庫を開けて、適当な材料を取り出していく。
「そうだ、勇也。あれから料理の練習はした?」
「ん、いやぁ、全くもって」
「え~、将来どうするの? 子供ができてさ、共働きだったら早く帰ってきたほうがご飯作んないといけないよ」
「将来って……それは美月と結婚するって意味?」
「ち……違う! くはないけど、そういう意味じゃなくて……」
さっきの密室のように、どんどん頬が赤らんでいく美月。顔に感情がそのまま出てしまうタイプのようだ。
「けどさ、結婚とか難しいことはわからないけど、俺はずっと、死ぬまで美月と一緒に居たいと思ってるよ」
「それは……私もおんなじだよ。ずっと、ずっと勇也と一緒に居たいよ。おばあちゃんになっても、縁側の下でさ、二人で笑っていたいな」
人差し指を顎の下につけて、遠くの空を見るようにして美月が言った。
「それってやっぱり結婚してるんじゃない? 同じ家に住んでるってことでだろ?」
「……っ! だーかーらー違うって! いや、違わないけど! 勇也、あんまりしつこいと、私以外の女子から嫌われるよ」
「美月以外からなら嫌われてもいいかな。俺は美月一途だし」
「……」
流石に俺と美月の間の距離が、物理的に一歩だけ遠ざかった。自分でも少し気持ち悪いことを言っているのは自覚している。けど、初めて女の子に恋をして、それを受け入れてくれたらこんなに愛情があふれ出てしまうのも仕方がない。こんな感情は初めてなのだから。
「まぁ、今はその話は置いとこっか。勇也、何食べたい?」
「う~ん、うどん」
「うどん……って、あっという間に出来上がっちゃうよ?」
「じゃあ美月の得意料理を見てみたいな」
「得意料理かぁ。実は最初、泊まりに来てくれた日に振る舞ったのが得意料理だったんだよね。何だったか覚えてる?」
「えーと、オムライスだったよな」
「お〜! 覚えてくれてたんだ。てっきりラーメンとか言い出すのかと思ってたよ」
「流石にそこまで意地悪じゃないだろ」
「え~、でもさっきの勇也は結構意地悪だったよ?」
美月は態勢を低くして、こちらの顔を覗き込むようにして見てくる。何というか、自分の”可愛い”を分かっている人間にしかできない技だ。
「仕方ないだろ……。初めてで色々パニクってたんだからさ」
「まぁ、私が言えた義理じゃないんだけどね」
そこで再び沈黙がこの空間に訪れた。その空気を最初に切り裂いたのは美月の一言だった。
「じゃあ、もう一回私の得意料理作るからさ。勇也はそこのソファでくつろいでてよ」
指さした先にはリビングがあり、大きいソファが1つと、テレビ、そして真ん中には食卓があった。
「なんか悪いな。俺がいてもこの前みたいに足手まといになりそうだからな……。また今度練習しておく」
「うん。今度色々教えるね」
ということで、俺は言われるがまま、お客様のようにソファで美月の得意料理が出来上がるのを待っているのだった。




