82話 二人の時間④
電車に乗ると、何とか座れそうな席を見つけて座る。ちょうど隣同士、2席空いている場所が見つかったのはラッキーだった。先に美月が腰掛け、そのあとに俺も隣に座る。
ほどなくして電車はアナウンスとともに発車する。窓の外を流れる景色が、パラパラ漫画のように一気に移り変わっていく。一つ一つの景色がまるで写真のように綺麗だった。
特に車内で会話をすることはなかった。肩が電車のカーブで何度も触れる。だいぶ慣れてきたはずだが、やはりまだドキッとしてしまう。美月は今、どんな気持ちなんだろうか。俺と同じようにドキドキしているのか、あるいは……。
そんなことを考えていると、あっという間に次の駅についてしまった。俺たちの目的である友貴君の駅はもう一つ先だ。
電車が止まり、人の流れが激しくなる。休み時間に換気をして、それまで漂っていた弛緩した空気が一気に外の肌寒い風で吹き飛ばされていった時のようだ。
そして電車は再び動き出していった。
目的の駅に着くと、俺たちは席を立って扉からホームに出る。
冷房の効いた車内から、一気に蒸し暑い空気を身体にまとって歩き始める。
「今日、暑いな」
「夏本番だからね。勇也は日焼け止めとかちゃんと塗ってきた?」
「いや、全然」
「塗らないとお風呂入ったとき痛いよ。ほら、手だけでもいいから塗っとこ。出して」
そう言って美月はバッグの中から青色のパッケージの日焼け止めを出し、ふたを開けて自分の両手にこぼした。
「いや、自分で塗れるよ。ってか人多いし恥ずい」
「いーから」
俺の意思は尊重されず、美月は両手にこぼした日焼け止めを俺の腕にしみこませるかのようにして、じっくりと塗っていく。
「ちょっとくすぐったいかも」
「日焼けするよりかはいいでしょ。がまんがまん」
細い腕が、小さな手が俺の腕に触れる。女の子にこんな風に触られることなんてないから、本当にくすぐったい。身も心も。
「うん、これで大丈夫だね。じゃあ行こっか」
水分を得て少し白濁色が混じった腕を確認して、俺も歩きだした。
友貴君のお墓がある場所は駅から歩いて10分ほどだった。そこには無数の石碑が並んでおり、100や200では収まりきらないほどの数が建てられていた。ここ周辺ではかなり大規模な場所なのではないだろうか。
こんなに暑いのに、たくさんの人がお墓参りに来ていた。みんなそれぞれ大切な人を思っての行動なのだろう。
「友貴はあっちだね。結構遠いかも」
美月が指さしたほうを見ると、別の敷地のように山を切り崩した場所にたくさんのお墓が並んでいる場所があった。
「美月は暑くない? 大丈夫?」
「うん、平気だよ」
こんな時に日傘でも持ってきていれば気が利くと思われるだろうが、流石にそこまで頭が回らなかった。
彼女ができれば常に色んなことを先回りして考える必要がある。今までは何かが起こってから考えればよかったことが、そうではなくなる。それをしていては遅くなってしまう。
初めて湧いてきた感情。失いたくないと思った感情。美月は、俺にとって大きな存在なのだ。
「こんにちは」
すれ違う年配の方々に挨拶をされるので、俺たちも元気よくあいさつを返す。挨拶は不思議とするほうもされるほうも良い気持ちになるものだ。
5分ほど歩いて、美月の足が止まる。ようやく友貴君のお墓に着いたのだろうか。
俺は石碑を見ると「石田家之墓」と書かれているのに気づく。
「お花はお母さん達が変えてるから、線香だけあげよっか」
美月はしゃがみこんで横にある扉のストッパーを外し、扉を開ける。中にはバケツと雑巾が置いてあり、その中には線香の箱が入っていた。
そしてカバンの中からマッチの箱を取り出す。
「俺、マッチつけるよ」
「ん、ありがと」
俺は不器用にも箱の中からマッチを取り出し、側面にこすりつける。意外なことに1回で着けることができた。久々だったから不安だったが、よかった。
「つけるね」
美月が線香を2本取り出して俺のマッチの炎に近づける。あっという間に火は線香に燃え移り、煙を上げていった。
俺は役目が終わったマッチを、左手で風を送り火を消す。いとも簡単にその灯火は消えていった。
「はい」
俺は1本線香をもらい、美月よりも先に友貴君のお墓に線香を置くことにした。
ゆっくりとしゃがみ込み、線香を香炉に寝かせるようにして置く。
両手を合わせるようにして目を瞑り、そっとあの日のことを思い出す。
美月と二人で病院に行った日だ。
最初の印象は『元気そうだな』だった。その後俺は美月の彼氏なのか聞かれた。今だったら胸を張って首を縦に振れるだろう。
運命とは皮肉なもので、友貴君のおかげで俺と美月はこうして付き合うことになった。ひどい言い方をしてしまえば、友貴君がこんなことにならなければもしかしたら俺と美月の今の関係はなかったかもしれない。
だが、全て結果論に過ぎない。そんなことを今さら言ったところで、俺の美月に対する気持ちに変わりはないのだ。これからどんな試練が待ち受けていようとも、共に乗り越えていくつもりだし、美月にだけ悲しい思いはもうさせない。




