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81話 二人の時間③

 翌朝

 目覚まし時計は8時にセットしておいたのだが、それよりも早く7時半に自然と目が覚めてしまった。何故だろう。学校の日でもこんなことはないのに。人間、楽しみな予定があると目覚まし時計よりも早く起きてしまうプログラムでも組まれているのだろうか。


 しばらくはベッドの中でぼうっと天井を眺めていた。太陽の光が窓から差し込んできて眩しい。この時間であれば、普通は学校に行くための準備をしなければいけないのだが、今日から休み。なんだか特別感がある。


 この前学校をさぼったときといい、平日に家にいるのはなんだか気持ちが浮ついてしまう。

 去年の今頃は地獄のように入っているバイトのシフトにうんざりしていた気がする。スマホを買うためだったから仕方なかったとはいえ、自分でも頑張ったなぁとしみじみ感じる。


 それに比べて今年は嬉しいことばかりだ。扉の調査自体こそあまり気が進まないが、それさえ解決してしまえば後は自由。バラ色の高校生活といってもいいだろう。


 まずは初日、浮かれすぎて美月から引かれないように平静を装わなければ。

 しばらくして布団の中から起き上がり、階段を下りていく。リビングに親父の姿はなく、既に仕事に行ったようだ。俺がのんびりくつろいでいるこの夏も、親父は一生懸命働いてくれているのだ。感謝しなければいけない。


 俺はもしかしたらどこかで昼食を食べるかもしれないと思い、軽めの朝食にする。食パンにバターを塗り、オーブンで焼く。チン、という子気味の良い音が鳴り響き、俺はオープンから熱々のパンを取り出す。


 ぼーっと窓の外を眺めながらパンを食べる。なんて優雅な朝なんだろうか。見ている光景は、いつもと同じはずなのに、こんなにも雰囲気が違う。不思議なものだ。


 朝食を食べ終わり、身支度を済ませて玄関に鍵をかける。

 外に出た瞬間に、身を焦がすような眩しい光が俺の身体中に降り注いできた。夏もいよいよ本番だ。


 しばらく歩くだけで、額からすうっと一粒の汗が流れ落ちていく。それを俺は手の甲で払いのける。まるで今度は自分がパンになってオーブンで焼かれているような気分だ。


 今日は以前の失敗を生かして、しっかりと水筒を持ってきた。まぁ、今回は美月の家ということもあるので頼めばお茶くらい出してもらえると思うのだが、その前に友貴君の墓参りにもいくので念のため自分で用意してきた。


 目の前に駅が見えてきた。大型連休の時ほどではないが、今回は学生の数が明らかに多い。ここら近辺の学校は同じように昨日から夏休みになっているはずだ。手をつないで歩くカップルも多く見られる。そこでふと思った。


『美月と手つないだことって、ないよな……?』


 カップルになってそれなりに時間も経った。明らかに4月の関係ではないほど、濃密な関係が出来上がっていると自負している。だが、恋人らしいことといえばこうやって休日にデートしたり一緒に帰ったりくらいだ。一度、お泊りしたことはあるが、あれはそもそも付き合う前だったし、そういう下心があったわけではないのでノーカンだろう。


 美月はあまり甘えてこない。というより芯が強い。だとしたら俺の方からそういうことは誘ったりするのがよいのだろうか。けど、美月にそんな気が全くないかもしれない。軽蔑されるほど引かれてしまうかもしれない。そもそも何かの犯罪に引っかかったりしないだろうか。そんな不安が頭の中でぐるぐると流れるプールのように回っている。


 今日はせっかくの二人っきりだ。誰もいない二人だけの世界で過ごすことができる。実行するなら、今日以外はないだろう。だけど、そんな度胸が俺にあるのだろうか。

 う~ん、とうなりながら歩いていると、駅の改札付近の柱に寄りかかって立っている、美月の姿が見えた。


「ごめん、待たせた?」


 俺は小走りに近づいていくと、すぐに美月はスマホから顔をあげてこちらの方を見る。


「うんうん。大丈夫だよ」


 手にしていたスマホをいつも持ち歩いている黒のショルダーバッグの中に入れた。そこで俺はバッグに何かついていることに気付く。


「あっ、それ、つけてるんだ」


「それ」とは以前、一緒に映画を見に行った時に、ゲーセンで取ったおそろいのストラップのことだ。


「うん。勇也が取ってくれた大事なものだからね」


 それだけ言うと、改札の方へと歩き始めていった。俺はあのストラップを家に置いたままである。今日帰ったらカバンにでもつけておこう。おそろいにした方がいい。


 俺も隣を歩くようにして美月についていく。いつもの制服姿とは違って、ちょっと大人びた服装。そんな姿に俺の鼓動はドクドクと早くなっていった。


 学校ではみんなが同じ制服を着ている。いくら端正な顔立ちであったとしても、周りと同じ服ではその魅力も留まっている。だけど、それが個性を発揮したときにその魅力は足し算ではなく掛け算のように爆発的に増すのだ。


 つまり、可愛い美月が可愛い洋服を着たら、最高に可愛いのだ。

 こんなかわいい彼女がいるなんて、なんて幸せなんだ。


 これは独占欲に近いものなのかもしれない。美月の傍にいたい、こんなに可愛い美月を離したくない。そんな気持ちが少しずつ最近は増えてきた。

 改札を抜けて、ホームに出る。人の流れは相変わらず多かった。だけど、美月を見失ってしまうほどではない。俺は半歩後ろを、ゆっくりとついていく。


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