80話 二人の時間③
友貴君が生きていたら、俺みたいな男は美月の彼氏としてふさわしくないといわれていたかもしれない。だからこそ、友貴君にしっかりと事実を伝えて見守っていてもらう。これくらいしか俺にはできない。
「じゃあ、また夜にメッセージ送るから」
いつの間にか別れる場所までやってきた。いつも以上にその時間は短く感じられた。
「おう。それじゃあ」
俺たちはお互い、軽く手を振って、瞳を見つめあってその場から離れる。
駅を出ると、さっきよりも日が落ちていた。セミの鳴き声も相変わらず聞こえる。ちょっと前まではまだ春だった。でも、いやでも夏を感じさせるこの気候への移り変わりは、今の俺にはちょっとばかり苦痛だった。
「ただいま」
今までのようにか細い、自分自身に言い聞かせるような声ではなく。家中に響くような、芯の通った声で俺は言った。
だからと言って、その声に対して反応する声はなかった。そこは今まで通りだった。
リビングからはテレビの音が聞こえてくる。親父がいるのだろう。親父の態度は以前と何ら変わりない。だけど、俺は少しだけ以前と比べると関係は前進したと思っている。親父からアクションがないならば、こちらから一方的に示せばよいのだ。美月の言っていた通り、自分の気持ちを伝える。それだけで今まですれ違っていた感情の波が、少しだけぶつかり合って、大きな波になっている気がする。
俺はそのままリビングを通り過ぎて2階へと階段を上っていく。
部屋の扉を開けてそのままベッドにカバンを頬り投げる。それと一緒に俺もベッドへ飛び込んだ。
ポケットからスマホを取り出して、通知を確認する。するとすでに通知が来ていた。もちろん相手は美月から。
じゃあ、明日は駅に10時集合でいい? 石田美月
17:45
美月のアイコンは以前の男の子の顔が描かれたイラストから変わっていた。今思えば、あのイラストは恐らく友貴君の似顔絵だったのだろう。そうすればすべてが繋がる。
そして今はリンゴのアイコンである。それも鉛筆で書かれた。
恐らくデッサンしたものか何かだろう。よくデッサンの最初はリンゴを描いたりすると聞いたことがある。絶賛練習中なのだろう。
俺はデフォルメされた犬が「OK」と言っているスタンプを送信した。これはこの前美月からのプレゼントで送られてきたものである。そもそもそんなプレゼント機能なんてものがあること自体初耳だった。俺も何かお返しをしなければいけない。
そんなことを考えていると、俺はまだ”お返し”をしていないことに気付いた。
あの夜、泊めてもらったお返しである。今となっては恋人になったこともあって、それくらい大したことないかもしれないが、あの時の俺からしたら何てお礼を言えばいいだろうというくらいだった。
少し遅くなってしまったが、スタンプとまとめて何か美月が喜ぶことをしたい、そう思っていた。
勇也って夏休みの宿題は最初に終わらせる派? それとも最終日にまとめてやる派? 石田美月
17:50
間髪入れずに美月からのメッセージがやってくる。明日いっぱい話す時間はあるのだから、明日でもいいのでは、と一瞬思ったがそういうことではないのだ。
今、この瞬間に二人で会話していることに意味があるのだ。明日会話しても、10年後会話してもそれは不確定な要素に左右されていて、ぼんやりとした陽炎のように揺らめいているのだ。だからこそ、今この瞬間に美月と同じ時間を共有することが大事なのだ。これも、今までの俺では気づかなかったことだ。
去年まではやらない派 けど今年はコツコツ教えてもらう派 三代勇也
17:52
誰に教えてもらうの? 石田美月
17:52
クラスで一番の天才美少女 三代勇也
17:52
国語の山田先生? 石田美月
17:53
その返信に、俺は思わず声を出して笑ってしまった。
確かに一番頭いいかもしれないけど、少女って年齢はもう過ぎてるだろ 三代勇也
17:54
噂によれば既に60は過ぎていると聞いたことがある。けど、大学は有名なところを出ているらしく、授業中の雑談でも俺の知らない知識をこれでもかと披露してくる。
そうだね笑 勇也って夏休みは暇? 石田美月
17:54
めっちゃ暇 カレンダーも真っ白なくらい 三代勇也
17:55
そしたらさ、扉の調査が終わったら、色んなところ行こうよ 石田美月
17:56
もちろん 三代勇也
17:56
やったー!石田美月
17:56
今年の夏休みは美月と二人っきりで過ごす日がほとんどになるかもしれない。それはとてもうれしいことだ。一緒に過ごす時間は少しずつ増えてきたが、もっと顔を見ていたい、もっと声が聴きたい、最近はその衝動にずっと駆られている。
そのためにも明後日の扉に関しての調査は気合を入れなければならない。今後の二人の未来がかかっている。大げさではなく、言葉の通りに。
その後も美月との他愛もないメッセージのやり取りは数時間にわたって続いた。
そんな時間が俺にとっては昔から欲しかったものなのかもしれない。
無くなってしまったパズルのピースが埋まることはないけど、それと同じような形をしたピースは見つけることができる。
俺は明日への楽しみを胸に、今日は早めに寝ることにした。




