8話 情報収集
「そう、だね……」
そこで会話が止まってしまった。しまった。流石に石田さん一人に任せすぎなのかもしれない。石田さんは俺の気づかなかった、扉の裏側の装置のことも教えてくれた。では、ここからは俺も一緒に協力して解決策を探していくのが妥当なのではないだろうか。
「ん、悪い。俺も少し考えたんだけど、取り敢えず1時間前じゃなくてもう少し前の時間に行ってみるのがいいんじゃないかな。時間は限られているけど心当たりのある人に聞き込みをして、俺が一体どういう状況なのか、そこを調べていくのがいいんじゃなかな」
「確かにそうだね。取り敢えず1カ月前に行って三代君の自宅や私の家、そこらへんを調べてみよう」
早速石田さんはボタンを押して日付を変更している。何度もボタンを押して、2033年3月12日 16時52分で止めた。
「じゃあ行こうか」
俺たちは扉の正面に歩いていき、そこで足を止める。何度見てもこの無機質な扉の存在には頭を抱える。一体だれが、何のためにここに置いたのだろうか。だが、その答えを知ることは今は重要ではない。目の前にあること、事件を止めるための方法を考えるのが先決だ。
「開くよ」
石田さんは右手でゆっくりとインテグラル錠を回す。そしてゆっくりと扉を開くと、その瞬間、辺り一帯が白い霧のようなもので覆われる。前が見えなくなる。そしてゆっくりと、ゆっくりと視界が開けてきた。
霧が晴れた先で見たものは、前回と同じ光景であった。
民家の1階で壁に埋め込まれたテレビから、ニュース番組が流れている。掃き出し窓は網戸がついた状態になっており、外から春の暖かい風を運んできていた。
辺りをぐるりと見回す。そこで俺はあることに気付いた。恐らく1回目に来た時からそこにあったのだろうが、あの時はそんな余裕はなく視野が狭くなっていたのだ。
「あの時計……」
俺が指さした先には、木目調の数字が書かれていない時計が壁に掛けられていた。単なる時計ではない。
「時計が、どうかしたの?」
「偶然なんだろうけど、あの時計、同じのが部屋にあるんだ」
「……そうなんだ」
石田さんは顎の下に指を置いて、じっと時計のほうを見つめる。
「取り敢えず、約束通り三代君の自宅に行ってみよう。何かそこで掴めるかもしれない」
「自宅に行くのはいいんだけど、そこでどうするんだ? 未来の俺に話しかけてみるのか?」
「それが一番じゃない? よく、未来に干渉するとタイムパラドックスが起こるとかいうけど、今回の場合はそれが起きてくれたほうがむしろ都合がいい。少しでも未来が変われば、あの事件は起きないかもしれない」
「……確かに、そうだな」
「それと、私は少し別の方面で調べたいことがあるから、そっちは任せてもいい?」
「えっ、俺一人で調査するってこと?」
「そう。私は少しあたってみたいところがあるから、できればお願いしたいの」
沈黙が訪れる。てっきり二人で俺の家に行って、調査するものだと思っていたから心の準備ができていない。だが、石田さんの言う通り別々で行動するのも大事になるのだろう。なんせこの空間には1時間しか滞在することができない。その限られた時間をうまく使うには、手分けして調査する必要もあるのだろう。
「分かった。一人で行ってみるよ。それと……」
俺はそこまで口に出して、次の一言が出てこなかった。
「それと?」
石田さんは小首をかしげてこちらのほうをじっと見てくる。重力に従って髪の毛がさらさらと揺れ動く。
「石田さんも気を付けて。何かあったら、メッセージくれたら駆けつけるから」
自信を出してそう、伝えた。何も変なことを言っているわけではない。ただ、この一言を伝えるのに、少しばかり勇気が必要だったのだ。
「うん、分かった。それじゃあ1時間後に」
「うん」
笑顔であった。その笑顔が俺には春の陽気よりも眩しく感じられた。なんて真っすぐで、ゆるぎないんだろうと。
そうして、二人は掃き出し窓から庭に出て、それぞれの道を進んでいった。
自宅までの道のりは流石に迷うことはなかった。あの民家を出て、ほんの少し歩けば学校が見えてきたし、そこからの道のりは昨日も歩いた。
15分ほどの道のりを歩く。同じ道なのだが、辺りの雰囲気はまるで違い、別の町に来たかのような錯覚を覚える。生まれ育ったこの町が、どこか遠くに行ってしまったような喪失感と同時に安心感も抱いていた。不思議な感情だ。
そんなことを考えていると、あっという間にいつもの曲がり角についた。昨日見た光景が、また蘇る。だが、今日はマスコミもドローンも何もなかった。
俺はゆっくりと入り口付近まで足を進める。窓は開いており、部屋の中からテレビの音が漏れ出していた。笑い声が聞こえる。親父がバラエティ番組でも見ているのだろうか。
ゆっくりと深呼吸をする。覚悟がいまだに決まらない。なんて話せばいいだろうか、過去から来たなんて言ったら驚かせてしまうのではないだろうか。そんな不安が頭の中でぐるぐると渦巻いていた。