78話 二人の時間①
7月26日
今日で1学期が終了する。中間テスト、期末テスト共に自己最高の順位をたたき出した。これも美月に勉強を教えてもらったおかげだろう。放課後学校に残って美月に1対1で勉強を教えてもらった。自分のやることもあるだろうに、美月はなんて優しいのだろうか。
そして例の、扉についての作戦決行日が決まった。7月28日だ。
何故明日ではないかというと、せっかく夏休みに入るのだから、初日は一緒にデートしたいから、という理由らしい。美月は照れたりあまりしないのだが、そういったところは女子っぽいなと思ったりする。
「勇也~」
机で1学期の成績表とにらめっこしていると、前の方からとことこと手を振りながら美月が歩いてきた。
「美月は成績どうだった?」
「バッチリだったよ! それこそ勇也は?」
「俺は、まぁ、去年よりかは明らかに良くなってる。やっぱ美月のおかげだな」
「放課後特訓が実になって何よりだね。それで、明日どこ行くか決まった?」
「そうだな……」
最近はそれこそ忙しくて中々遊びに行くことはなかった。あの、ちょっと思い出すのが躊躇われる映画を見に行った日が最後だ。
あの日は一日が濃密だった。良かったことも悪かったことも一つの思い出として保存されている。ちょっと早めの昼ご飯でハンバーガーを食べたこと、ゲーセンでクレーンゲームに挑戦したこと、洋服屋で美月おススメの服を買ったこと、そして映画を見ている途中で、手が触れたこと。今でも鮮明に思い出すことができる。そしてそのあとに起こった出来事も、俺の中でしっかりとガラスの瓶に入れて保存してある。
「美月の家、行ってもいいかな」
「……え?」
あまりにも唐突過ぎたからだろうか、美月はしばらくフリーズした後、上手く状況を飲み込めていないような返事をした。
「もしかして迷惑だったり?」
「いや、全然そんなことないんだけどさ。ちょっとびっくりして。勇也がそんなこと言うの珍しいなって」
美月は肩から揺れている長い黒髪を、ぎゅっと抱きしめるかのようにして握った。
「まぁ、そんなこと言ったの初めてだしな。なんなら最初の時は美月が誘ってきて俺は断ったし」
「う~、なんだかあの時の自分を思い出すとイライラする」
「なんで?」
「だって! 勇也のこと明らかに意識してるのにさ、『まるでそんな気はありませんよ』みたいに振る舞って、あんな女子いたら絶対嫌われるよ!」
「お……おう」
美月は自分に対しての評価がずいぶんと厳しいようだった。確かに、あの時の美月は俺のことを意識していないと思っていた。こんな俺なんかにどうして優しくしてくれるのだろうと疑問だらけだった。今思えば、あの時からお互い意識しあっていたに違いない。俺もそのことを思い出すと、少し顔が赤くなりそうになる。
「分かった。じゃあ明日は私の家ね。それで、何する?」
「んー」
美月の家に行きたいとは前々から思っていた。だけど、思っていただけで、具体的に何がしたいとかまでは考えていなかった。というか、家の中でできることなんて限られてくるだろう。
「俺は美月ともっと話したいかな」
今、胸の中に湧き上がった感情を、ありのままにぶつける。
「何それ。私と会話っていつでもできるよ? 今だってこうしてしてるじゃん」
「ん~、何て言うのかな。ここだとさ、完全に二人っきりってわけじゃないじゃん。もっと落ち着いた場所でさ、ゆっくり話したいなって」
「ゆっくりかぁ。まぁ、確かに放課後も人がいることもあって中々二人きりになれることはなかったからね。分かったよ。じゃあ明日は勇也のおもてなしパーティだね」
「楽しみにしてる」
「うん。任せて。また夜もメッセージ送るから」
「オッケー。じゃあ、帰ろっか」
俺は席からゆっくりと立ち上がり、美月と肩を並べていまだに賑わっている教室を後にする。美月はすれ違いざまに女子に挨拶をしていた。
4月の時は、まさかこんな風に教室で美月と一緒に歩けるなんて思ってもいなかった。というよりも、喋ることさえないだろうと思っていたのだ。
俺たちは昇降口でスリッパからローファーに履き替える。ローファーを履き始めてから1年以上たったが、この纏わりつくような重圧にはいまだに慣れていなかった。恐らく全力で走れば必ずこけてしまう。
「もうすっかり夏だね」
ミーンミーンと蝉時雨が聞こえる。昇降口からしばらく歩いたところに裏山のような場所があるから、そこに蝉たちが集まっているのだろう。
さっきまでクーラーの効いた部屋にいたが、外に出た瞬間、あっという間に熱気に冷気を奪われる。
「こうやってあっという間に一年が終わっていくんだろうな」
2年生になって早くも4カ月が過ぎようとしている。美月と付き合い始めてからは1ヶ月半。去年までとは、明らかに時間の流れる速度が違った。楽しいことも、悲しいことも一瞬農地に流れ過ぎ去ってしまう。それが俺にはいいことなのか、悪いことなのかわからなかった。




