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73話 親父③

 その後、ほとんど残ったままだったラーメンをゆっくりと堪能しながら、他愛もない会話を繰り広げ、教室へと戻っていった。


 満腹になったところで、午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴り響く。この時間はどうしても眠気との戦いになってしまうのだが、俺は意識をしっかり保って先生の言葉を聞く。

 5時間目の授業は国語だった。今日の内容は古文。まずは単語の現代語訳を覚えなければ話が分からないので、俺は必死に単語帳を片手に意味を調べていく。


「それじゃあ、宿題出すので明日までに提出するように」


 先生はそう言ってプリントを配り始めた。次回から学習する単元の、現代語訳をしてくるといったのが宿題になっていた。これはかなり時間がかかりそうだ。


 7時間目まですべての授業が終了し、教室の空気が一気に弛緩する。ようやく授業という名の拘束から解放された生徒たちは、部活に行ったり教室で駄弁ったり、足早に帰宅したりなど、見ていて飽きないほどだった。だが、今の俺にはやるべきことがある。足早に美月の席まで歩いていく。


「じゃあ、今日は先に帰るから。親父としっかり話し合って、また結果はメッセージ送るから」

「うん、頑張ってね」


 美月の笑顔が可愛い。本当なら一緒に駅まで雑談でもしながら帰りたかったのだが、そうもいっていられない。今日は今までの自分にけじめをつける日。自分に喝を入れるようにして、その場を後にした。


 昨日とは空の色が全く違う。今日は青がまだ残っており、遠くの空から赤が侵食してきているようだった。いつもの曲がり角に立つ。ここを曲がって玄関を抜け、扉を開けば家に入れる。そこまでの足取りが重かった。靴の底に鉛が入っているかのように、一歩を踏み出すのに力がいる。だけど、このままでは何も変わらない。そう思って、鉛の入った靴を一歩ずつ踏み出していく。


 扉を開くと、いつものようにリビングの隙間から光が漏れ出していた。光とともに、雑音も漏れ出している。

 ゆっくりと、する必要もない息を殺して廊下を歩いていく。

 襖に手をかけ、ゆっくりと開く。

 すると、そこには親父の姿があった。俺の存在に気づいた親父は、少し間を開けてこういった。


「おぉ、勇也。久しぶりに顔を見たな。この前はあんなこと言ってしまって、すまなかったな」


 その言葉を聞いて俺は膝から崩れ落ちそうになる。


 どうして、今日に限って「そっち」なのだろうか。


 どうして、いつものように理不尽に怒りをまき散らしてこないのだろうか。


 どうして、俺の胸ぐらをつかんで怒号を響かせないのだろうか。


 どうして、どうして。


 俺は何も言い返すことができなくなり、その場を後にする。逃げ去るようにして、階段を駆け上がっていった。


 部屋の扉を勢いよく開け放ち、そのままカバンをおろしてベッドに座り込む。

 今日こそしっかりと自分の意見を伝えるつもりだった。

 だけど、親父のあんな表情を見たらそんな事言えるはずがない。

 今日の親父は母さんが死ぬ前の親父に限りなく近かった。

 親父は極度の気分屋だ。すこぶる機嫌がよいときは今日のように模範的な父親を演じるし、逆の時はいつものように俺にあたる。後者のことのほうが最近はどんどん増えていたから、今日もそうだろうと勝手に思い込んでいた。


 俺には今の親父に対して強く出ることはできない。どうしても、昔の面影を思い出してしまうから。

 俺はひどく悩んだ。けれど一人で答えは出なかった。こういう時に昔ならひたすらに悩み続けて、結果何も進まないのだろう。

 だけど今は違う。俺には頼れる彼女がいる。世界で一番の理解者でもあるし、今後もずっと一緒に歩み続けたい。そのためには目の前にある課題を一つずつ取り払わなければいけないのだ。


 俺は意を決してスマホを握り、電話をかける。

 プルルルル、という電子音が3回鳴り響いた後、声が聞こえてきた。


「はい、どうかした?」


 優しくて、聞くだけで落ち着く声。美月の声がした。


「ちょっと、相談があってさ。親父に話そうと思ったんだけど……」


 俺は現状の説明をする。親父が気分屋で二重人格のように人が変わること。そして今日は機嫌がいいこと。そんな親父に対して、俺は気持ちを伝えてもいいのかということ。

 あまりにも美月に頼りすぎている気がするが、この前は頼らなさ過ぎて怒られた。もし迷惑なら、向こうから何か言ってくるだろう。


「うん、事情は分かった。そうだね、勇也のやるべきことはそれでも変わらないんじゃないかな」

「えっ」


 俺は予想外の返事に対して少し戸惑う。


「何もお父さんに対して不満をぶつけるわけではないよね。今後のことについてしっかりと意志表明をするっていうことなんだから、むしろ今日のほうがいいんじゃないかな」

「……親父、傷つかないかな」


 ふと、そんな心配が口から漏れていた。


「大丈夫だよ。勇也はそうやってお父さんのこと心配するくらい優しいから、しっかり自分の思っていることを伝えれば、お父さんも少し納得してくれるんじゃないかな」


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