70話 冷たい風
特に行く当てもなかった。だけど、足は自然と公園へと向かっていた。そこに行ったからと言ってインフラが整っているわけでもない。コンセントもないし、食事だってとれない。だけど、どうしてだか脚が自然に向いていた。
公園に着くと、相変わらず人の気配はなかった。俺はブランコに腰かける。ギシッという金属音が誰もいない公園に響き渡る。日も沈み切って、気温はちょうど過ごしやすいくらいになった。これなら今夜一晩ここで過ごすのは、苦にならないだろう。ここら辺は人通りも極端に少なく、見つかることも少ない。
本当はネットカフェに行って贅沢に時を過ごしたいのだが、いかんせんまだ高校生のため、宿泊することはできない。
俺はスマホをタップして通知が来ていないかを確認する。すると1件メッセージが届いていた。それは美月からだった。さっき話していた、今週末バスケの練習をしようという内容のものだった。お店のホームページのリンクが貼られており、値段と時間まで美月が書いてくれていた。それを見て頬が少し緩む。
これから先のことを今考えても仕方ない。いつ家に帰れるかはわからないが、美月がこんなに楽しみにしてくれているのだ。それを断るわけにはいかない。
オッケー 楽しみにしてる 三代勇也
19:40
それを送信した後、迷いが出たのか、しばらくその画面を開いたままだった。
美月の家はここからそう遠くはない。いっそのこと、今の事情を話してまた泊めてもらおう。そんな考えが頭をよぎったが、すぐに捨て去った。家にいるのが美月だけならまだしも、ご両親もいるのだ。しかも、友貴君が亡くなった直後というのもあって、家族だけゆっくりとしたいだろう。そんな状況で、俺のわがままを聞いてもらうわけにはいかない。
今日はここで一晩過ごして、明日の朝、一旦家に帰って食事とシャワーを浴びて着替えてから学校に向かおう。
そう思ってブランコから立ち上がり、隣にある滑り台の下に腰を下ろす。ここならちょうど当たりからもみられることなく、落ち着いて過ごせるはずだ。
ぎゅぅぅうと、お腹が鳴る。それもそうだ。昼から何も食べていないのだ。これを明日の朝まで我慢しなければいけないと思うと、少し気が遠くなる。
色々考えてしまうからいけないんだと思い、俺はカバンを下ろしてゆっくりと目を瞑る。背もたれに体重を任せて、少しずつ意識が遠のいていった。
目を覚ますと、太陽が昇り始めてちょうど足元まで太陽が入ってこようとしていた。ゆっくりと起き上がり、伸びをする。腰が痛かった。あんな座りながら寝ればそうなるのは分かりきっていた。スマホを確認すると時間はちょうど5時。喉の奥が乾いて、今にでも水を飲みたいが、この公園に水道はないため家まで我慢するしかない。
俺は歩き始める。
目の前の太陽が、俺の歩みを邪魔するかのようにして立ちふさがる。
昨日の過ごしやすさは一体どこに行ったのだろうかというほど、今日は暑かった。
家までは30分以上かかった。
脚が棒のようだとはまさにこのことで、今度はふかふかのベッドに飛び込んで寝てしまいたい。今までの暮らしが本当に貴重なものだったのだと、改めて実感した。
だけど、その生活をさせてくれているのは誰でもない親父であって、そこには感謝しなければいけない。親父がいなければ俺は、学校にも通うことはできず、もちろん美月とも出会うこともなく、十分な食事もとれないまま野垂れ死んでいたに違いない。だからこそ、感謝はしなければいけない。
だが、これと昨日のことはまた話が別だ。
1ヶ月遊びに行ってくるからと言って、勝手に家を出て、そして勝手に帰ってきた。
帰ってきた途端、俺に当たり散らかした。
これがまともな親だといえるのだろうか。
今まで親父には昔の、母さんが生きていたころのような、優しくて頼りがいのある父親に戻ってほしいと思っていたが、もう無理なのかもしれない。
俺は既に無くなってしまった理想を、ただひたすらに追いかけていただけかもしれない。
そう思うと、途端に自分がばからしくなる。何を今まで期待していたんだと。勝手に期待して、まるでそれが裏切られたかのように落ち込む。俺も俺で相当頭がいかれているのかもしれない。
そして家の目の前まで来た。親父は既に仕事に行ったようだ。玄関には鍵がかかっている。
鍵を開けて、中に入ると昨日となんら変わらない景色が現れた。俺が倒れた廊下、親父に胸ぐらをつかまれたリビングの入口。昨日と変わらなかった。
だけどそんな変わらない部分に少しだけ安心している自分がいた。
まずは風呂に入り、簡単に朝食を作り胃の中に流し込む。コップに入れた麦茶が驚くほど美味しい。カップラーメンも普段の何倍も美味しいと感じる。よっぽど空腹だったのだろう。
学校に行くまではもう少し時間があるので、俺は部屋に戻ってベッドに飛び込む。




