7話 阻止するための作戦
下校前のSHRで俺は、前川先生から昼休みに旧校舎のカギを探しに行くのを忘れていた件で怒られた。
そんな落ち込んだまま席に戻ってきた俺を、隣の席からじっと見つめていた石田さんが「コホン」とわざとらしい咳払いをした。
俺は視線を彼女の方に自然とむける。するとそこにはぎゅっと握りしめられたこぶしをこちらに見せており、その直後勢いよく”パァ”と手を広げると、その中には鍵があった。
「あっ!」
俺は思わず声を上げた。だが、それに対して石田さんは口元に人差し指を一本添えて「しーっ」と俺をなだめるかのように言った。
そういうことだったのか。いまさらながら鍵がなくなった理由について自分の中で納得した。
その後、同時に教室から出ていくと怪しまれそうなので、時間差で旧校舎に向かう旨をメッセージでやり取りした。教室内にはまだ半分ほどの人数が残っている。それもほとんどが女子だ。昼休みや休み時間だけでは飽き足らず、いまだにおしゃべりをしている。
石田さんとメッセージのやり取りをしている最中も、彼女のもとには何人もの女子生徒がやってきて遊びに誘ったり、趣味のことを聞いたりしていた。
そこまではいたって普通なのだが、やはり俺は違和感を覚えた。
俺と接するときと、教室で他の人と話すときとでは雰囲気がまったくもって違うのだ。
最初は自意識過剰かなとも思っていたが、やはり違う。明らかにテンションも口調も何もかも違うのだ。
では、何故俺といるときだけあんなに打ち解けた感じなのだろうか。頭の中でぐるぐると疑問が浮かび渦巻いていたが、そんなことを考えても仕方ないので、俺は指示通り石田さんが教室から出ていくまでしばらくの間待機していた。
石田さんが教室を離れて約5分後、俺も椅子から立ち上がり旧校舎へと向かうことにした。
階段を1段1段足早に駆け下りていく。昨日とはまるで違う足取りだ。現在の状況は少なくともいい方向に向いている、俺はそう感じていた。
確かに扉の中央にあるデジタル時計のようなものは俺も見た。やはりあれが扉を開けたときに繋がっている未来の時間なのだろう。それを調整する機械があると言っていた。そうなれば確かに未然に犯罪を防ぐことができるかもしれない。
俺はうれしかった。昨日まで一人で抱え込んでいたものを誰かと共有できること。それがこんなにも嬉しいことだとは思ってもいなかった。何故ならそんな機会、今までほとんどなかったからだ。
そんなことを考えていると、旧校舎の入り口まで自然と歩いてきていた。扉に手をかけて回すとそれは簡単に開いた。やはり埃っぽいのは昨日と変わらない。昇降口を足早に駆け抜けていき、持参したスリッパに履き替えて2階を目指す。
階段を上り終えると、すぐそこに光を放つ扉が教室の中に見えた。それと同時に石田さんがこちらの存在に気付いて振り返る。
「結構早かったね」
石田さんは扉の前で腕を組み、じっとデジタル時計の部分を見つめている。
俺も教室に入り、荷物を適当な机の上に置き、隣に並び立つ。
「それでこの時間を調節する装置というのは?」
「これだね」
石田さんはゆっくりと扉の裏側に回り込む。俺もついていくようにして裏側に行くと、そこには正面と同じデジタル時計こそあるものの、その直下にボタンのようなものがついていた。
「このボタンで行き先の時間を調節できるってことか」
「そうだね」
俺はちらりと隣の石田さんの横顔をのぞき込む。彼女の視線はいつも一途だ。だが、その先に何が見えているのかはわからない。ここではないどこか遠い場所を見ている感じもする。
「この時間、16時52分に行ったときには既に事件は起きていた。この1時間くらい前に行けばいいかな」
「私が最初に行ったのは15時台だった。その時はまだ事件が起きていなくて、ここに戻される最後らへんで事件が起こった。だからそれで大丈夫」
そう言いながら石田さんは時計の下につけられたまるでエレベーターのボタンのようなものを1回押す。すると時間の表示が15時52分に変わった。
「それと、恐らくなんだけど未来に行けるのは1時間のみ。1時間が経過すると問答無用でこの場所に送り返される」
「タイムリミットは1時間か。それで、具体的にどうやって犯罪を止めるつもりなんだ?」
「まずは、三代君の家に行ってみる。犯行前ならまだ家にいるだろうし、どうにか説得できるかも」
「……」
俺はその作戦に少し不安を覚えた。確かに事件を起こす前なら自宅にいる可能性は高いのかもしれない。だが、1時間後に殺人をするような人間の心理状態がまともだろうか。話しかけたところで、何も聞き入れてくれないのではないだろうか。もしかすると、こちらに危険が及ぶ可能性だって十分あり得る。
「石田さん、もう少し別の作戦を考えたほうがいいかもしれない。話し合って、解決するような問題ではないと思うんだ」
俺は勇気を振り絞って自分の意見を伝えた。あんなに優秀な石田さんだ。きっと自分の中には他にも何か作戦があるのかもしれない。それを俺にも共有してもらいたいのだ。