67話 通じ合う思い④
「二人とも早いな」
単純に俺が遅いだけかもしれない。
「勇也のところ、手伝うね」
そう言って手持ち無沙汰になった美月がこちらにやってくる。
「ありがとう」
隣で掲示物の押しピンを力を入れて抜いている。身長は俺より少し低いくらいなので、俺が見下ろす形になる。つむじから綺麗に流れている濡羽色の髪が愛しい。触ったことはないが、きっとサラサラなのだろう。
「勇也ー、石田さんのことばっかり見てんな」
そんな俺の視線に第三者の京平が指摘する。
「いやたまたま見てただけだし」
俺は何とも見苦しい言い訳をして視線を戻す。あの日から、俺の中で美月という存在が少しずつ形を変えていった。表面上で友達から恋人になったように。
「勇也、初日から私のことじっと見つめていたよね」
「うそ、あれ気づいていたの?」
俺は急に恥ずかしくなって、身体中が熱くなる。確かにこんなに綺麗な女の子が隣の席にいるわけだ。意識しないというのが難しいだろう。
「そりゃあ、分かるよ。肌が溶けちゃいそうなくらい熱い視線を感じたからね」
「……」
今度から女の子を見る時は注意しよう。といっても、こんな可愛い彼女がいるのだから他の女の子に目移りするようなことはないはずだ。そんなことがあれば、美月から脇腹でもつねられそうで怖い。
「こっちも終わったぜ。そっちももう少しか。じゃあ俺は端から貼っていくな」
京平もどうやら剥がし終わったようだ。そして今から渡された新しい掲示物を貼っていく。どうやら文化祭のステージ募集や、各委員会の活動状況などの紙だった。
「そっか、夏休みが終わったらもう文化祭か」
この学校の文化祭は夏休みが終わってすぐ、9月の頭に実施される。そのため、夏休み期間を利用して準備をすることも少なくはない。
「ってことは俺たちの活動も忙しくなるよなぁ」
京平が掲示物を押しピンで留めながら一人ごちる。
「今年は2年だからな。去年やったときは裏方もいいところだったけど、今年はそうもいかないだろうな」
俺は去年の記憶をよみがえらせる。去年も文化委員は2人いたのだが、もう一人は女子だった。そのためほとんど会話することもなく、1人と変わらない孤独な文化祭を過ごしたのを思い出した。
そして改めて隣を見る。今年の俺は違う。こんなに可愛い美月がいるんだ。それだけで文化祭が今から楽しみで仕方なかった。
「よし、こっちも終わりかな。じゃあ貼っていこう」
美月の協力もあって、こちらもすべて掲示物をはがし終わった。残る仕事は、床に置いてある残り20枚ほどの掲示物を綺麗に貼っていくだけだ。
俺は掲示物を手に取り、右上を押しピンでとめる。
「美月、俺が持っておくからさ、左上留めてくれる?」
「うん、オッケー」
そう言って美月が手に持っていた押しピンを左上に押し込み、俺は掲示物から手を放す。
そして残りの右下と左下を留めて、ようやく1つ貼り終わった。
「お、二人とも息ぴったりだな。流石カップル」
隣で京平が冷やかしのようにしてこちらのことを褒めてくる。
「いちいち言わんでいい。にしても京平ってあんなにモテるのに彼女いないのか?」
ふと、思いついたことを尋ねる。昔から京平は何人もの女子から告白されていた。なのに、彼女がいないというのは珍しいというか、不思議な気がする。
「んぁ、俺? 彼女ならいるけど?」
「えっ?」
その言葉に俺は耳を疑う。確か小学生のころから告白されていても断っていたはずだ。だったら、いつ付き合い始めたのだろうか。
「小1の時に一番最初に告白されたんだけど、それからずっと付き合ってる」
「「えっ⁉」」
美月も俺と同じようにしてハモる。
「ずっとその子一筋だからさ。それ以降告白されても全員断ってるってわけ」
「……」
俺と美月はお互い顔を見つめあい、呆然としていた。小1からだったらもう10年近くになるのだろうか。俺が小1の時は一体何をしていただろうか。あんまり思い出せないが、きっとそんな色恋沙汰には全くの無縁だっただろう。
「藤田君って意外と一途なんだね……」
「意外とってなんだよ。お前らも10年くらいは末永く付き合えよ?」
「10年……」
またも美月がこちらを見つめてくる。
俺は10年という単語を聞いて、例の扉のことを思い出した。
美月の言っていた通り、10年後俺たちは結婚しているのだろう。だけど、そんな幸せと併せて、言葉では言い表せないほど残酷な運命も待っているのだ。
このままでは10年後、俺たちの関係は破綻してしまうのではないだろうか。俺が殺人をして、美月がそれを許してくれるとは思えない。恐らく縁を切られる。
そう考えると、身体が震えるほど恐ろしかった。今まで積み上げてきたものが一瞬にして崩れ落ちる。積み上げるのには時間がかかるが、崩れるのは一瞬だ。それが人間関係というものだ。
俺はそんなことを聞いたからか、あることをうっすらと考え始めていた。
“もう一度、10年後の未来に行って、殺人を阻止しよう”と。




