64話 通じ合う思い①
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月曜日がやってきた。土曜日は友貴君の葬式に参列した。あの時に石田さんと会話した内容は今でも鮮明に残っている。
一番初めに思ったことは、石田さんって本当に周りのみんなのことを考えて生きているんだな、そう思った。
俺にはそんな生き方はできない。もしそういう生き方ができていれば、家族との関係も今とは違ったのだろうか。そんなことを一人でいると思う回数が増えてきた。
今日は土曜までの雨が嘘のように晴れて、雲一つ見当たらない。こうも分かりやすいと、本当に神様はいるんじゃないかと思ってしまう。
石田さんの姿はすでに教室にあった。流石に今日は誰も周りで話しかけている人はいない。みんな事情を知っているからだろう。センシティブな話題を前にして、そう簡単に話しかけられる人などいない。俺だってあの時、話しかけるのはすごく躊躇われた。俺みたいな人間が、話しかけてもいいのだろうか。けど、控室の近くで石田さんのお母さんに会って、あの原稿用紙の束を渡された時、俺は使命感のようなものを感じた。大げさだが、この仕事は俺にしかできないことだと。その一心で石田さんの元まで届けたのだ。
結果としてそれは良い方向へと向いてくれたのだろう。俺も中身こそは知らなかったが、石田さんと一緒に見て、それが何なのかを理解した。あれは友貴君から石田さんに宛てた手紙のようなものだろう。家族の愛情って、こんなに優しいものなんだと改めて実感できた。
そして今日は、どこかで時間を作ってもらい、あの日の話の続きをしなければいけない。半分答えはもらったようなものだが、あの時は場所が場所だ。もっと落ち着いたところで、ゆっくりと話がしたい。
そんなことを考えていると、1時間目の始業のチャイムが鳴り響く。少し遅れて先生がやってきた。数学の授業だ。今日も同じように黒板に数式が並んでいく。先週までの俺ならそんなことは無視して遠くの空を眺めていたのだが、今日からは違う。もう、逃げることはやめた。石田さんのあの姿を見て、恋愛感情とは別にカッコいいと感じた。ああやって、目の前から問題に向き合う。石田さんも「逃げてばっかりだった」と口にしていたが、俺にはそうは思えない。俺の中で”逃げる”ということは、思考を放棄して、それ以上関わらないことだ。だが、石田さんは違う。一度逃げたとしても、ずっとその間頭の中で家族のことを考えていたし、何よりも自分自身が傷ついていた。俺はそんな石田さんを”逃げた”なんて思わない。本当に逃げているのは俺なのだから。
分からないなら、分からないなりに問題にしがみつく。ここ1カ月のブランクは思ったよりも大きく、今黒板に書かれている問題をどうやって解けばよいのか、想像もつかない。俺は前のページをめくり、これまでの内容を確認する。今日、家に帰って復習をしなければいけない。
真面目に取り組むと自然と時間の流れも速く感じた。あっという間に4時間目までの授業が終了し、昼休みになった。俺はスマホをポケットから取り出し、メッセージを入力していく。
一緒に学食に行こう。 三代勇也
12:50
あの時は石田さんが俺なんかと一緒に昼ごはんを食べている、なんて思われたらきっと迷惑だろうな、なんてことを考えていた。だけど、今となってはもう、そんなことを考える必要はない。堂々と誘っていけばいいのだ。
俺は席から立ち上がり、一番前の扉側の席に向かって歩く。こんなに距離が離れていたんだ。改めて感じた。
そして席の近くまでやってくると石田さんがこちらに気付いた。
「あっ、三代君。行こっか」
「うん」
教室でこうして堂々と会話したのは初めてかもしれない。だからか、周りからは好奇の目で見られていた。
だけど、俺は気にしない。まだ石田さんの隣を胸を張って歩くことはできないかもしれないが、いつかは肩を並べたい。俺には俺に残された課題を解決して、いつかはもっと時間を共有できるようになりたい。そう考えていた。
学食に着いた。相変わらず人が多いが、空いている席もまばらだがある。俺が席を探そうと辺りをキョロキョロ眺めていると石田さんが俺の制服をちょこんと掴んだ。
「ねぇ、今日はカウンター席でもいいんじゃない?」
そう言って、遠くにあるカウンター席を指さす。確かに4人分ほど空いていた。真ん中に二人で座れば、それぞれお互いの隣は空席にすることができる。確かに今日は色々と立て込んだ話になりそうなので、そっちのほうがいいかもしれない。
そうと決まれば早速席を取りに行く。
「じゃあ、先に買いに行こうか。三代君は今日は何食べる?」
「そうだなぁ。今日は石田さんの手料理が食べたい」
「何それ。私の手料理は今度作ってあげるからさ、そうだ。今日はハンバーグ定食にしない? ほら、あるみたい!」
石田さんはなんだか子供みたいにウキウキとはしゃいでいた。雰囲気がこれまでと明らかに違う。俺と過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ態度も軟化していたが。なんというか、これが素の石田さんなんだろうな、と思わせてくれた。




