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63話 これから

 私は3枚にわたって原稿用紙に書かれたその物語を読んでいて、次第に胸の奥が苦しくなってきた。これ以外にも別の物語が何枚も原稿用紙に書かれていた。原稿用紙は消しゴムで消した後なのか、破けて裏が見えている部分などもあった。


 私は一文一文を友貴の顔を思い出しながら読み進めていく。私は勝手に、小説なんてもう書いていないんだと思っていた。書いているところを見たことがなかったから。でも、陰でこうやって努力して、薄暗い未来を走り抜けようと努力していたのだ。


「友貴君だって、こう言っているんだ。石田さんがこれまでしてきたことは無駄なんかじゃない。ちゃんと伝わっているよ」


 目の前にいた三代君が私の肩にポンと優しく手を乗せる。

 先ほどまでは涙で前が見えないほどだったのだが、今はなんだか口元が緩み、笑顔がこぼれていた。


「うん……。友貴が私に残りは頑張ってほしいって言っていた意味がようやく分かったよ」


 残された私にできることはたった一つだけ。友貴の描いてくれた小説に、引けを取らないほどのイラストを付けること。それが私に残された大きな使命なのだ。


「俺も石田さんがどんなイラストを描くのか見てみたい。完成したら見せてほしいな」

「分かった。友貴にも三代君にも笑われないようなイラスト、頑張って書いて見せる」


 渡された原稿用紙の束を、纏めて、ぎゅっと抱き抱える。お互い視線が合う。


「それと、あの時は……ごめん。それからこの前まで1ヶ月の間、会話もしないで、まるで避けているみたいにしちゃって……」

「いいんだよ。少し、寂しかったけど、俺は今、石田さんが前を向いて進めるようになったのが一番だ」

「優しいんだね。三代君って」

「そりゃ、少しはな」


 三代君は照れるようにして視線をずらした。もう、この感情を隠すことはしなくてもよい。友貴とのお別れが終わったら、二人でゆっくりと時間を作って話せばいい。そんな時間はこれからまだまだたくさんある。友貴のためにも、私は少しずつ前を向いて進んでいかなければいけない。そして、いつか肩を並べられるようなイラストを描けるようになる。それが私の目標だった。


「じゃあ戻ろっか。友貴と、最後のお別れをしなきゃ。これでようやく笑顔で送れるかな」

「そうだな」


 友貴が死んだことによる悲しみは、一生消えることはない。だけど、友貴は私に色んなものを遺していってくれた。私が気付かなかったことを、教えてくれた。


 友貴に頼られるような姉として、胸を張って生きていかなければ。

 そう心に誓うのであった。



 友貴のお葬式は無事に終わった。やはり、最後のお別れの時は分かっていても涙があふれだしてきた。今まですぐそばにいた存在が、一生手の届かない存在になってしまう。そう考えると、苦しくなった。


 重い足取りで家に戻ってくる。ふと、何気ない気持ちで友貴の部屋の扉を開ける。

 もともと長期入院だから生活感があるわけではないが、昔よく勉強を二人でしていたことを思い出した。


 私は部屋の中に入り、真ん中の今は置かれていないテーブルがあった場所にしゃがみこむ。

 窓から見える景色は変わっていなかった。大きな木が1本、まだ緑で色づいていてあの頃と変わらない。だけど、私の胸の中ではたくさんのことが変わっていって、それは良いことでも悪いことでもたくさんのことがある。


 私は立ち上がって友貴が入院前まで使っていた勉強机まで歩いていく。すっと指で机の上を触れると、埃がついた。今度、掃除しておこう。


 そして友貴の部屋を後にして、自分の部屋に戻ってくる。カバンをポールハンガーにかけて、そのままだらしなくベッドにダイブする。

 外では何の鳥かわからない鳥が鳴き声を上げていた。窓からは夕日が差し込んできており、朝までの雨が嘘のようだった。


 一人になったからだろうか。今まで浮かんでこなかったネガティブな、友貴が死んでしまったことによる思考が一気に湧き上がってくる。


 もっと話しておけばよかった。


 もっと勉強を教えたかった。


 もっと遊びたかった。


 言い出したらキリのない願望が、ぽつぽつとシャボン玉のように浮かんでいく。だが、シャボン玉と一緒で、ある高さまで到達すると割れてしまう。私の中で、友貴にもらった力が後悔を断ち切ろうとする。


 だけど、全部断ち切れるわけではなかった。割れずに大きくなっていくシャボン玉は、次第に私の体全体を覆うほどになる。私は苦しくて息ができなくなる。


 枯れるほどに泣いた、涙が再びあふれてきた。

 頭から布団を被り、嗚咽するように泣く。泣いて、泣いて、ひたすら泣く。


 私が失った存在は、あまりに近くて大きかった。


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