60話 言葉を伝える①
6月9日 台風は過ぎ去ったものの、空はいつもの青さは見る影もなく、冷たい雨が降り続いていた。
今日は友貴と最後のお別れをする日。
肌を通り過ぎる風が纏わりつくようで気持ち悪い。
私の空虚な心を嘲笑っているかのようなノイズが煩わしい。
全部、全部、こんな天気のせいだとしてしまえば、どれだけ心が楽になるだろうか。
そんなことをしても、さらに自分を苦しめるだけだということは分かりきっていた。
あの日から2日が経ったが、この事実はまだ現実味を帯びていない。夢の中にいるような気がして、いつかこの悪い夢が覚める時が来るのではないか、そう思うことがあった。
けど、目の前を行き交う黒で統一された喪服を着た人たちを見ると、嫌でも目を向けなければいけなかった。
私は式場の裏にある屋根の付いた小さなベンチに腰かけている。
辺りは木々の緑で囲まれており、少しだけ心が落ち着く場所だった。
かれこれ30分ほどこの場所にいる。というのも、控室はなんだか息苦しい。親戚一同が集まっているのだが、今私は何か話したい気分でもない。余所行きの自分を作る元気もないし、こうして一人でいられる時間が楽だった。
今日は土曜日なのでもしかしたら同級生も来ているかもしれない。スマホに連絡はなかったが、みんな気を使ってくれたのだろう。今は何もやる気が起きない。ずっとこのままこの場所で、一人になりたい。
だけど、そんな一人の空間に立ち入ってくる人影が見えた。目の前から、私よりか少し高い身長の、学ランを着た人物がこちらに向かって歩いてくる。
「隣、座ってもいいかな」
その人物は私の目の前までやってきて、私に尋ねる。
「うん」
私は首肯した。この空間に人を入れることはしたくなかったけど、彼なら構わない。
彼は座って前かがみで俯く。しばらくの間、沈黙が続いた。
雨音がどんどん激しくなってくる。あの日と同じ光景を見ているみたいだ。あの時も彼は、こうして私の傍にいてくれた。一人、自分から私の手を取って、私の道しるべになってくれた。
────この場所の居心地はさっきと変わらなかった。
私の中で、彼の存在がどんどん大きくなっていく気がした。だけど、そんな感情はあの日、あの人に言われたことが原因だと思っていた。それは私の本心ではない。そう言い聞かせてきた結果、彼のことを傷つけてしまった。私はなんてことをしてしまったのだろうか。ここ1ヶ月はずっとずっと”後悔”という2文字が私を追いかけまわしてくる。起きていても夢の中でも授業中でもお風呂に入っているときでもだ。
「雨、もうずっと降り続けているな」
彼の声が聞こえた。その声は、ノイズを切り裂くように鋭利で、それでいてやわらかいものだった。
「そうだね」
一言、それだけ返事をする。そうすれば再び二人の間には沈黙が訪れた。
私は彼に謝らなければいけない。とんでもない過ちを犯してしまっている。それでも彼が私のことを気にかけてくれているのは温情に過ぎない。それをいいことに私はまた逃げようとしている。そう分かっていても、やはり怖かった。だけど、もう後に引くことはできないくらいの場所まで来ている。私は勇気を振り絞って、一言話しかける。
「……ねぇ、1カ月前、二人で映画館に行った時のこと覚えてる?」
「ん、あぁ。覚えて……いるよ」
私にとっても彼にとっても、きっと思い出したくはないであろうあの日の記憶。私が彼に背を向けて走り去ってしまった日。ゆっくりと、ゆっくりとあの日の情景を頭の中に思い浮かべる。
「あの時のことを、しっかり謝ろうと思って……」
私は少しずつ言葉をこぼすようにして話す。そうでないと、また本心と違ったことを言ってしまいそうで怖いからだ。
「謝る? あの日のことで石田さんが、謝ることはないんじゃない?」
その言葉を聞いて私の胸がぎゅっと、締め付けられる。この感情は何なんだろうか。
あぁ、彼はなんて優しいのだろうか。
「その日っていうか、出会ってからずっとずっと謝らなきゃいけないことがあったんだけど……」
「……」
このまま話さなければ彼との関係は自然消滅、もしくは平行線の関係だろう。それで構わないと思うならこんな話はしていない。私は、少し変わらなければいけない時が来たのだ。
「私が返事にこたえられずに逃げてしまったのは、ちょっと理由があったんだ」
あの日、私は彼の勇気を振り絞った気持ちの告白に対して逃げてしまった。
「うん、そうだな」
否定をしない彼の返事に、私はぞくりとした。
「初めて一緒に扉をくぐって過去に行った日のことがきっかけなんだ」
「あの、友貴君の特効薬を探しに行ったけど見つからなかった、って時か」
「うん、そうだね。あの時二人で別々になったと思うんだけど、私はあの時ある人にあったんだよ」
「……ある人?」
彼は不思議そうな声色で、そう言った。




