58話 姉として②
私はゆっくりと友貴の手を、掬いあげるようにして掴む。その手はまだ温かかった。人間の、生きたぬくもりを感じ取ることができた。
「美月……最後に友貴と話してやってくれ」
隣に立っていたお父さんが、声を震わせながら言う。
「最後って……どういうこと⁉ 友貴は……どうなるの⁉」
自分でも思っていた以上に大きい声が出た。お父さんは視線をずらしていた。まるで見てはいけないものから目を背けるかのように、その眼は濁っていた。
「さっき先生から話があってな。もう、残されている時間はないらしい」
お父さんは、鼻をすすりながら、窓の外を眺めながらそう言った。
「残されている時間って……。どういうこと! この前まで、あんなに元気だったのに……」
胸の奥底に溜まっていた感情が一気に涙となってあふれだしてきた。泣きたいわけではないのに、涙が止まらない。感情のブレーキが壊れてしまった。こうなったらもう、止まることはないだろう。
「友貴、大丈夫だからね。何も心配しないでね……」
私は友貴の枕元にしゃがみ込み、手をやさしくぎゅっと握りしめる。こんなに温もりのある手が、そう簡単に温かさを失うはずがない。
「姉ちゃん……俺、謝らないといけないことがある……んだ」
友貴はゆっくりと、一つ一つの言葉を噛みしめるように吐き出す。もう、十分だよと言いたかったが、話すのは友貴本人の意志だ。それを私にどうこうする権利はない。
「うん……どうしたの?」
私は零れる涙を制服の袖で拭いながら、友貴の目を見て話を聞く。
「最近、姉ちゃんに対して……色々言ったと思うんだよ……」
最近、あまり私に対して話しをしてくれなかったり、この前三代君と来た時に怒ったことだろうか。
「まずはそれを謝ろうって思って……」
「……うん。私は全然気にしていないから大丈夫だよ」
ニッと、嘘で塗り固められた笑顔を見せる。傍にいないと、友貴と私をつなぐこの糸が、プツリと切れてしまいそうな気がしてならない。
「姉ちゃん、部活とか忙しそうだったしさ……俺のために時間使うの……申し訳ないって思って……あんなこと言ってしまった……」
あぁ、そうだったのか。私が忙しいだろうと気を使って、あえて私を自分から遠ざけようとしていたのだ。もっと、私がその気持ちに早く気づいていればよかった。なんて、ダメな姉なんだろうか。
「あとさ……姉ちゃんは昔、俺が言った夢って……覚えてる?」
「うん。覚えてるよ。私が小説家になったらって言ったことだよね」
「そう。俺ができることはもう終わったから……後は姉ちゃんに頑張ってほしい……」
「えっ?」
できることは終わった? 一体何の話をしているのだろうか。私は友貴との思い出を必死に振り返る。だが、答えが出てくることはなかった。
「あと謝っておくことは……姉ちゃんのアイス、勝手に食べたことかな……。それと」
「ねぇ、待って。友貴。何でそんなに謝ってばかりなの? 私は全然気にしてないから、もっと楽しい話しをしようよ」
「……」
友貴は黙ってしまった。私もなんて答えればいいか分かっていなかった。正しい受け答えができているとは到底思っていない。だけど、なんだかこうして謝ってばかりいられると、最後のようで嫌だった。
「友貴は、病気がよくなったら何がしたい?」
私は話題を変えるようにして、無理やり未来の話を始めた。
「もっといっぱい……小説が書きたかったな」
友貴は”過去形”でしか答えてくれない。そんな友貴に対して、私は怒りがふつふつと湧いてきた。
「ねぇ! 何で、もう終わったような言い方ばっかりするの! 友貴は、まだきっと良くなるよ! なんで……あきらめちゃうの……!」
私の顔はきっと涙でぐちゃぐちゃになっていただろう。こんな顔は今まで誰にも見せたことはない。だけど、もうどうでもよかった。
「母さん……早く来ないかな。最後に、顔みたいな……」
それだけ私が言っても、友貴は”最後、最後”と言ってしまう。もはや私の声が届いていないのではないかとさえ思ってしまった。
「お母さん、もう少ししたら来るから。今は、私もお父さんもおじいちゃんもおばあちゃんもいるからね」
「姉ちゃん……」
「うん、どうした?」
「もっと、姉ちゃんに……傍にいてほしかった……な」
私はその言葉を聞いて、鼻の奥がジンっとなった。私が知っている友貴はもっと強かった。こんな弱音なんて吐いたことなかった。けど、今目の前にいる友貴は、私にもっと傍にいてほしいといった。そのことだけで、友貴の痛みは計り知れないほどだろうと私は思った。
「ごめん……ごめんね……ごめんね、友貴……」
友貴の手を額に押し付けて私は嗚咽するように泣く。なんで、私はいつもこうして気づかないんだろうか。自分の気持ちに正しく従えない。進む道は右だと言われても疑ってしまう。
そんな性格の自分が嫌だった。




