56話 鳴りやまない雨音
駐輪場に向かうと、自転車がぎゅうぎゅうに敷き詰められていた。各クラスごとに駐輪するスペースがあるのだが、そこからはみ出て通路に停めてある自転車もあった。
「しまった、京平の自転車ってどれだ⁉」
肝心なことを聞き忘れていた。一緒に帰ったこともないので、あいつの自転車がどんなものなのか俺は知らない。
「あったよ! これじゃない?」
そんな時、石田さんがこちらに向かって呼び掛けてくる。
「ほんとか! って、どうしてわかったんだ?」
「自転車通の人は後ろにクラスと出席番号が書かれたシールを貼っているからね。これが藤田君のだと思うよ」
俺は石田さんの近くまで行き、その自転車の鍵穴に鍵を入れ、回す。するとカチャッという音と共にロックが解除される。前かごには言われた通り合羽が入っていた。
「石田さん、これ使って」
俺はその合羽を石田さんに手渡す。
「三代君は大丈夫?」
「俺は平気だから。言っただろ、小学生のころから風邪ひいたことないって」
そんな冗談めいた発言に対して、それまで固まっていた表情が少しだけ和らぐ。そしてこう言葉を発した。
「うん、ありがとう。頼りにさせてもらうね」
その言葉を聞いて俺の胸の中で溜まっていたものが少しずつ解けていくような気がした。
「行こう」
石田さんが上下、合羽を着終わるのを待ち、俺は自転車に乗り込む。石田さんはリアキャリアにまたがる。完全に見つかれば違反として色々面倒なことになるのだが、今は気にしていられない。
「しっかり握っててな」
「うん」
石田さんの手が俺の腰からお腹にかけて触れる。優しく、ゆっくりと包み込むようにして触れる。なんだかくすぐったい。
俺は自転車をこぎ始める。久々に自転車をこいだからなのか、二人乗っているからなのか、足が重い。最寄り駅までは徒歩15分ほど、自転車で行けばその半分くらいだろうか。
目の前から打ち付ける雨が、顔面を殴るようにして降り注ぐ。目を開けるのも痛いほどで、視界は10メートル先さえ見えない。校門を出て、下り坂になっているので速度を落としつつ、それでもできる限り急いで自転車をこいでいった。
制服が水分を吸って、べっとりと体にへばりつく。気持ちが悪い。
雨に濡れた皮膚が体温を奪われて冷たくなっていく。温まりたい。
何でこんなことをしているのだろうと、ふと我に返る。だが、答えはすぐに出た。
後ろに乗っている、大事な親友。石田さんのためだ。俺は彼女のためなら、何だってできる。今はそんな気分だ。
5分ほどで駅に着いた。屋根のある場所に自転車を止め、駅の改札に向かう。先に降りていった石田さんを追いかけるようにして俺も改札へと向かったが、そこには人だかりができていた。
人の群れを割って前に進んでいくと、看板が立ててあった。
“台風の影響により、終日運休”
と、赤文字で大きく書かれていた。
「マジか、どうしよ」
一気に絶望の波が、頭の中に押し寄せてくる。ここから病院まで自転車で行くとなれば30分以上かかるだろう。それよりも、早く病院まで行ける方法はないだろうか。最近動かしていなかった頭をフル回転させる。
「そうだ、タクシーで行こう。石田さん!」
その考えしか思い浮かばなかった。
「でも、お金かかるから……。流石にそこまでしてもらうのは申し訳ないし……」
石田さんの瞳がゆらゆらと揺れる。もう、こんな表情は見たくないとあの時思った。彼女が悲しむ姿なんて、二度と見たくないと。
「大丈夫。去年、バイトで稼いだお金がまだあるから。行こう」
俺は半ば強引に石田さんの手を引いてタクシー乗り場まで向かう。
タクシー乗り場は混雑していたが、幸いにも奥のほうは空いていた。俺は近くに止まっていたタクシーの運転手に声かける。
「すみません、乗ってもいいですか?」
その声に反応してタクシー運転手の人が運転席からこちらを振り返る。
「はい、大丈夫です……って、お客さんずぶぬれじゃないですか。すみませんね。ちょっと、その格好だと乗せられないんですわ」
「じゃあ、その、石田さん、この子だけでも乗せてもらっていいですか!」
「ん、あぁ。その子なら大丈夫だよ。乗って」
よかった。俺は無理でも、石田さんだけ行けるなら何も問題はない。
「三代君、申し訳ないんだけど、私、お金そんなにない。千円しか財布の中に入ってない」
「マジか」
俺は現金こそないものの、スマホ決済なら支払うことができる。これは困った。
「すみません、やっぱり俺も乗せてもらうことって、できないですかね」
俺は断られる覚悟で、もう一度尋ねる。
「だから、きみは無理だって。そんな濡れた服で乗られたらシートがぐちゃぐちゃになる。ウチは防水対策ができていないんだから、それなら他の会社のに乗ってくださいよ」
運転手が指さした先を見ると、このタクシー会社とは別の会社のタクシーが止まっており、人が並んでいた。そうか、だからこのタクシーだけ誰も並んでいなかったのか。




