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55話 断絶された瞬間

 5時間目の授業は数学。ここの担任でバスケ部の顧問でもある前川先生の授業だ。


 黒板にカツカツとチョークで数式が書かれていく。それは暗号のようで、俺には何をしようとしているのかさえ分からなかった。宿題も最近は出さなくなった日が増えた。前は石田さんと一緒に解いたり、週末遊ばないといけないから早めに終わらせたりと、2年生になってからは自分でもかなり優秀だと思った。だが、その目標がなくなったとたん、宿題は単なる枷になってしまった。やらなければいけないと思うほど、やる気はなくなり、遠回しになっていく。


 俺は授業を受けることを放棄して外をじっと眺めていた。雨は昼休みよりも激しくなっており、もはや滝のようだった。十数メートルしかない隣の校舎さえ見えなくなっており、ノイズがうるさかった。


「三代。よそ見してないでしっかり集中しろよー」


 ふと、名前を呼ばれ、ビクッとする。顔を黒板の方に向けると、板書を中断してこちらをじっと見つめている前川先生がいた。

 俺は渋々と教科書に視線を戻し、書かれている問題を解こうとする。だが、最近まともに授業を聞いてないうえに宿題までやっていないので解くことができない。すぐに努力することをあきらめる。


 結局その時間は黒板に書かれた呪文のような数式をノートに書き写しただけだった。自分でもこんな作業に意味がないことなんてわかっている。けど、どうしても今は何か頑張ろうと思える気にはなれなかったのだ。


 休み時間に入り、半分くらいの生徒がトイレや気分転換で教室を離れる。俺は特に用もないので、またしてもぼうっと外を眺めていた。いつになったらこの雨はやむのだろうか。

 そんな弛緩した空気を切り裂くかのようにして、教室の前扉が開いた。入ってきたのは西園先生、この学年の主任だ。息を切らして、切羽詰まった表情をしている。一体何があったのだろうか。


「石田さん! いたいた!」


 西園先生は石田さんの名前をあげた後、教室内をぐるっと見回して、目の前にいることに気付く。


「今ご家族から連絡があって、弟の友貴君の様態が急変したらしい」


 俺の耳にも確かにそう聞こえた。

 石田さんは勢いよく椅子から立ち上がり、そのまま固まる。


「今からお母さんが学校に迎えに来るみたいだから、落ち着いて」


 西園先生は、石田さんの肩に手をやり、落ち着くように促す。ここからでも分かるように、石田さんの肩は震えていた。

 そしてバタバタと、前川先生が廊下から走ってきた。


「今連絡があったんだけど、道路が冠水しているみたいで遠回りをしてくるからあと1時間はかかるみたいだ」


 二人の先生はひどく慌てていた。石田さんの周りに女子たちが集まってくる。だが、誰も話しかけようとはしなかった。みんなお互い顔を見合わせて、どうしようかと話している様子だった。


 俺はぎゅっとこぶしを握り締める。俺に何かできることはないだろうか。スマホを取り出して、病院までのルートを検索する。そしてあることを思いついた、と同時にその時にはすでに体が動いていた。


 俺は京平の席に行っていた。


「京平! お前、チャリ通だったよな? すまん、自転車貸してくれ」


 俺は思ったよりも大声で、京平に頭を下げてそう頼み込んだ。それに驚いたのか、京平も目を丸くして、こちらを見ている。


「あ……あぁ。分かった。これが鍵な。あと、籠に合羽入ってるからそれ使ってくれ!」


 一瞬、判断に迷っていたが、すぐさま俺に鍵を差し出してくれた。


「ありがとう」


 俺はもらった鍵を握りしめて、石田さんのもとへと駆け付ける。


「石田さん、俺がチャリで駅まで送る。行くぞ!」

「え……」


 あまりにも急すぎたためか、驚いた表情でこちらをじっと見つめる。瞳はうるんでいて、あの時のことを思い出して胸が締め付けられる。


「三代、お前一体どうするつもりだ! こんな雨だぞ、危険だからやめなさい!」


 前川先生の怒号が耳元で響き渡る。この人が本気で怒っているところを初めて見たかもしれない。だが、そんなことを言われたぐらいで食い下がるつもりはなかった。


「石田さん! 早く!」


 俺は石田さんに向かって手を差し出す。

 石田さんはしばらくぎゅっと両手を握りしめるように胸の前に置いていたが、俺のほうを向き直って


「うん」


 そう凛と告げると、俺の手を取った。


「こら! 二人とも! 勝手なことをするんじゃない!」


 先生たちが後ろから追いかけてくるのを横目で見ながら、俺と石田さんは廊下を走り抜けていった。


 昇降口までたどり着くと、雨音が響き渡り大声で話さなければ聞こえないほどになっていた。


「自転車は京平から借りた。行こう」


 俺はローファーに履き替えて石田さんが履き替えるのを待つ。


 石田さんは特に話しかけてくることはなかった。俺たちは昇降口の扉を開き、駐輪場に走って向かう。1歩外に出るだけでシャワーを浴びたかのように頭からずぶぬれになる。それほど台風の影響はすさまじかった。


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