54話 雨音
6月
季節は梅雨に入った。今日もあの日のように雨が降り続いている。最近は雲の隙間から太陽が顔をのぞかせることはなく、なんとなく教室の雰囲気もじめっとしている。
俺の生活は変わった。というか、以前のスタイルに戻った。教室で、誰ともしゃべらずに、一人で学食に行ってご飯を食べ、黙々と授業を受けて帰宅する。ただ、ただ同じ日々を繰り返すだけのつまらない、退屈な日々が俺を待っていた。
関係が壊れる時はいつも突然だ。手が滑って落としてしまったグラスのように、あっという間に粉々になってしまう。
午前中の授業が終わり、皆が散り散りになっていく。ふと、横目で教室の前扉付近にいる石田さんに目をやる。彼女は俺と昼ご飯を食べなくなって、他の人と食べているのだろうか。いつも、一番に教室を出て、どこかへ行ってしまう。そして授業の始まる5分前まで戻ってくることはない。
未練という檻に捕らわれた獣のように、俺は無意識にスマホを確認している。通知は来ていないか。確認するのが習慣化してしまっていた。
賑やかだった通知欄も今では空虚なものだった。クラスのメッセージこそ毎日のように流れているが、俺個人宛にメッセージが来ることはない。最後のメッセージは
フードコートの入口の近くで座ってるよ 三代勇也
10:45
これを最後に、まるで時計が止まってしまったかのように更新されていない。今後、このメッセージが更新されることは二度とないだろう。
そう、自分の中で折り合いはついているかのように思えたのだが、さっきからの様子を見る限りどうにもついているとは言い難い。
一体何がいけなかったのか、そんな無意味なことを考える時間だけが増えた。
そして俺は一体何をこんなに落ち込んでいるのだろうと考えたとき、それは告白が断られたことではないことに気付いた。石田さんの、瞳から零れ落ちるような一粒の涙を見た時だ。俺の心の中で罪悪感がひしひしと広がっていく。あんなに楽しい時間を壊してしまったという罪悪感が、重くのしかかっていた。
俺があの時告白さえしなければ、あのまま楽しい時間で終わっており、こうして関係が悪化することはなかったはずだ。連休明けも今までと変わらず昼食を一緒に食べ、また二人でそこかに遊びに行っていたかもしれない。そんな空想をしていた。無駄だとはわかっていても、それをやめることは難しい。空想は暴走していき、いつしかどんどん深い泥沼へと足を踏み入れているような気がしていた。
俺は席を立ち、重い足に鞭を打って食堂に行く。こんな時でもお腹は空く。人間の体のつくりはなんて欠陥しているんだろう、なんてことを思った時もあった。
一人用のカウンター席に腰かけ、注文してきたメンチカツ定食を食べる。
“ごちそうさまでした”
もはや俺にとって食事をするということは作業になっていた。空っぽの胃に、無理やり食べ物を放り込む、ただの作業。何にも楽しいことなんかない。
そして再び教室に戻る。時計の針は15分しか進んでいなかった。うつ伏せになって、ゆっくりと目を閉じる。食事と一緒で、昼休みという時間を消費するのも作業になっていた。早く終わってほしい。けど、早く終わって、家に帰ったとしてもやることは何もない。
1ヶ月で帰ってくるといった親父はいまだに帰ってこない。心配はしていないが、流石にこんなに顔を合わせなかったことはないので、どこで何をしているのだろうかと考えることはある。もしかして、俺と一緒に過ごすのに飽きて家を出ていったのか、卑屈になってそんなことを考えていた。
窓の外から大量の雨粒が降り注ぐ音が聞こえてくる。それと同時に、地面を伝って地鳴りのように鳴り響く雷の音も聞こえ始めた。朝つけっぱなしにしていたテレビから、台風が接近しているというニュースを聞いた気がする。その影響だろうか。なら、明日は学校が休みになるかもしれない。家で一日中寝ていられる。
その後、眠っていたのか、いつの間にか授業開始5分前を知らせるチャイムが鳴り響いていた。教室の中に人が戻ってくる。その中には石田さんの姿もあった。特に誰かと戻ってきた様子はない。一体どこに行っているのだろうか。
気になるのなら本人に直接聞けばいい。だけど、今の俺に石田さんに話しかける権利があるのだろうかとさえ思ってしまう。たぶんないだろう。
もともと”扉”がなければ一生交わることのなかった人物だ。そう思えば、なんだかあきらめもつくはずだ。あの時間がおかしかった。そう思うことにしよう。
そしてチャイムが鳴り、午後の授業が始まる。
うるさいくらいに耳に残る雨音は、さらに激しさを増していった。




