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53話 勇気を

「石田さん、ちょっと話しがあるんだけど……」


 ゆっくりと深呼吸をした後、そう切り出した。ここまで来たらもう引き下がることなんてできない。あとはゴールに向けて突っ走るのみだ。


「ん、どうかした?」


 先ほどから近くの桜をずっと眺めていた石田さんは、俺の一言によってまるで現実世界に引き戻されたかのようにこちらのほうを見た。


「えっとな。ちょっと伝えたいことがあって……」


 すぐに気持ちを伝えるほどの勇気はなかった。一旦、前置きをして石田さんの顔色をうかがう。こちらのほうを不思議そうに見つめていた。


「石田さんと出会って、1ヶ月くらいたったと思うんだけど、その中で気づいたことがあってさ」


 言葉をゆっくりと一つずつ繋いでいく。


「どの時間も俺にとって大切なもので、最初は普通に接しているつもりだった。だけど、石田さんと過ごす時間が増えるにつれて……」


 そこで石田さんの表情が一気に変わる。動揺したような、ひどくおびえているようにも見えた。視線を泳がし、俺の方をみなくなる。だが、もう引き返せないところまで来ていた。それは何かの間違いだったのではないかと、思いたくなるほどに俺の心臓はバクバクと波打っていた。


「俺、石田さんのことが好き……なんだと思う」


 はっきりと、石田さんにも伝わる声量でそう伝えた。


 息が苦しい。酸素が欲しい。生きた心地がしない。早く、早く返事が欲しい。


 水底でもがき続けているかのように、体力がどんどん削られていくのがわかった。


「えっとね」


 その静寂を打ち切るかのようにして、石田さんが会話を始める。その表情は眉根を寄せて、お世辞にも嬉しそうではなかった。


「ちょっとびっくりしちゃって。えっと……」


 いつもの石田さんからは想像できないほど、動揺している。右手で髪をぎゅっと握りしめ、必死に何かを考えている。


 そこで俺は気づいてしまった。この後に続く言葉が、俺の期待しているものではないということに。


「その……なんていえばいいんだろう。ごめんね、自分でも言葉が出てこなくて……」


 息継ぎをするかのように、言葉と言葉の間で大きく呼吸をしていた。

 やがて、石田さんの頬に一筋の雫が零れ落ちる。すうっと、やわらかそうな頬を伝うようにして落ちていく。


「ごめんね……ごめんね……」


 まるでそれは自分自身に言い聞かせているかのようにも聞こえた。零れ落ちる涙の粒が次第に多くなってきて、それは石田さんの顔中を覆った。


「いや、こっちこそごめん!」


 俺は反射的に謝った。俺の言葉で石田さんが泣いてしまった。俺はとんだ過ちを犯してしまった。なんでこんなことをしてしまったのだろうと、後悔が頭の中にどっと押し寄せてくる。


「ごめんね、今日はもう帰るね」


 そう言って石田さんはおもむろに立ち上がり、小走りで桜並木を駆け抜けていってしまった。

 俺はその場から動くことができなかった。こうなると、誰が予想できただろうか。

 確かに、断られることも想定はしていた。だが、こんなに泣き崩れるほど嫌悪されるとは思っていなかった。


 そもそも、俺みたいな人間が石田さんに告白すること自体が間違っていたのだ。こうして何度か遊びに行ったくらいで、調子に乗って告白してしまった自分が惨めだ。異性と遊びに行くなんてことは石田さんにとっては、何気ないことなのかもしれない。それを俺がいいように勘違いしただけだ。


「はぁ」


 どっと、ため息がこぼれる。深い喪失感を味わった。幸いにも、今まで失うことには慣れてきていた。今回も同じだ。また、大切な人を愛してやまない人を失ってしまった。


 俺には、人を愛することが許されていないのだろうか、そんなことさえ考えてしまう。

 落ちていく桜を眺め、じっと天を仰いでいた。すると、ぽつ、ぽつと額に雫が落ちてくる。

 雨が降り始めた。辺りで花見をしていた人たちは、一斉にレジャーシートを畳みその場を後にする。一瞬にして、先ほどまでいた人だかりが散り散りになってしまった。


 そんな中でも俺はそこから動く気力もなく、じっと落ちていく桜の花びらを見つめていることしかできなかった。

 雨が冷たい。だが、熱のこもった身体にこの雨は心地よかった。風邪をひくのは分かりきっている。だが、俺はしばらくこの場所を動かなかった。


 石田さんと映画館に行って、楽しい時を過ごした5月3日。同じく、告白して振られ、石田さんは泣き崩れるようにしてその場から消え去ってしまった5月3日。


 あれからあれから連休が明け、すぐに教室では席替えが行われた。それまで隣だった石田さんとはまるで神のいたずらかのように、俺は1番左側の列の一番後ろ、石田さんは一番右側の列の一番前に、対角線を引いたかのように離れてしまった。


 それから1か月間、俺と石田さんは昼食を食べることもなく、会話もすることなく、ただ時間だけが過ぎ去っていった。


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