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52話 2人で⑧

「15時だけど、三代君はこれからどこか行きたいとかある? 私は全然オッケーだけど」


 石田さんがスマホを取り出して時刻を確認する。今日は出来事が多すぎて、一日遊んだ気分になっていたが、まだ15時なのだ。今から家に帰るのは少し早い気もする。もう少し、どこかで時間をつぶしたい。少し逡巡したのち、俺はあることを口にした。


「そうだなぁ……。せっかくだから、この近くの公園まで歩いてみない?」

「公園まで? いいよ。どれくらいかかる?」

「たぶん歩いて15分くらい。喋りながら歩いていればすぐにつくはず」


 俺は天を仰ぐようにしてそういった。石田さんは嫌な顔一つせずに承諾してくれた。なんだか心の奥で、悪いことをしてしまっているような気がしてならない。


 映画館を抜けて、ショッピングモールの出口から外に出る。朝のすがすがしいくらいに澄み渡った空とは打って変わって、どんよりとした厚い鼠色の雲が空全体を覆っていた。そのおかげか気温は下がっており、過ごすのにちょうどよい温度になっていた。


「じゃあある歩こっか」

「そうだね」


 俺たちは公園に向かって歩き始めた。

 道中、大量の桜が歩道を埋め尽くしてしまうほど舞っていた。風に揺られてゆらゆらと落ちていく。幻想的な雰囲気だった。実際にニュースで桜が降っている映像は見たことあるものの、体感してみると、身体中を桜の花弁が包んでくれるように舞い散り、心が一緒に洗われていくような気がする。


「桜、綺麗だね。ちょうど今が見頃なのかな」


 石田さんは落ちてきた桜の花弁を手で包み込むようにして受け止める。石田さんの手の小ささと相まって、花弁が大きく見えた。


「5月上旬辺りがピークだろうな。この連休が終わったころには桜も全部舞ってるかな」


 俺は落ちてくる桜を目で追いながらそう言った。


 しばらく歩いていると、公園が見えてきた。公園といっても。石田さんとあの夜会話したような小さな公園ではなく、何百人と花見を楽しむことのできる、公園と道路の境目が分からないほど大きいところだ。


「連休はどこもすごい人だね」

「この公園、毎年花見の定番スポットだからな」


 それぞれ、レジャーシートを広げて花見を楽しんでいる。会社員と思われる人たちや、家族3人で楽しんでいる人、はたまたカップルで来ている人などがいた。

 俺たちは桜を囲うようにして設置された椅子に座る。ここからだと、辺り一帯を眺めることができて、まるで特等席に座ったかのようだ。これはいい席を見つけられた。


「私、こうして改まって桜を見ることってあんまりなかったからなんか新鮮かも」


 石田さんは、目の前の桜たちに見とれていた。確かにクラスメイトと花見に行くということは中々ないのではないだろうか。そういうのは社会人になってから、といったイメージが勝手にある。


 そうして俺も、石田さんをここに連れてきたのは、単に花見を楽しんでもらうからではない。結果として、楽しんでもらえているならいいのだけれど、俺は今日、大事なことを伝えに来たのだ。


 石田さんと出会って、もう1ヶ月が経とうとしている。期間としてみれば短いものかもしれないが、その密度は計り知れないものだった。あの未来へとつながる扉をきっかけに俺たちは出会った。そのあとに普通ではありえない、石田さんの家にお泊りというイベントも発生した。この前は動物園にも行ったし、今日はこうして映画館にも来ている。


 こうして同じ時間を積み重ねていくうちに、俺の心の中でだんだんと気持ちの変化がでてきた。いや、変化したのは表層の部分で、もっともっと深い部分では、出会ったあの時から、何なら教室で初めて顔を見た時から何も変わっていないのかもしれない。


 初めは俺がこんな感情を抱くはずがないと思っていた、というか抱いてはいけない感情だと思っていた。こんな感情を持ってしまっても、いつかは崩れ去ってしまうものだから。だからこそ、その感情をどうにかして上書きしようと俺はあくまでクラスの親友として石田さんに接した。彼女もそうしてくれた。そしたらこれで終わりのはずだった。


 だが、そう簡単に心の上書きはできなかった。ポスターにこぼした絵の具は、時間がたてばどんどん紙に吸収されていって、最後には一体化してしまった。

 そう、そんな親友として過ごした時間すら愛しいと感じてしまったのだ。石田さんと過ごすすべての時間が楽しい、もっと、もっと一緒にいたい。俺は心の底から、石田さんのことが好きなのだと。今日過ごした時間で改めて気づかされた。

 彼女のちょっとしたしぐさにドキッとする。


 ─────前髪が落ちてきて、それを耳にかける時

 ─────少し汗をかいたうなじに髪が引っ付いて、それを払いのけた濡羽色の髪の毛が揺れる時

 ─────彼女がこちらの顔を覗き込むようにして見てきた時


 どの瞬間も俺にとってかけがえのないもので、代用品では利かなかった。

 だからこそ、この気持ちはもう隠す必要はない。素直に石田さんに伝えるのが一番だ。そう思い、今日この場所を選んだ。


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