5話 誘い
調査しなければいけないことがある。だが、こんな時でもお腹は鳴き始める。流石に昼食の時間を逃すことはできない。ここで食べなければ、夕方家に帰るまで何も食べれないからだ。それだけは避けたかった。
俺は授業終了のチャイムと同時に立ち上がり、食堂へと向かう。だが、そこである人物から声を掛けられる。
「お、勇也も食堂行くのか? 良かったら一緒にどうだ?」
横からやってきたのは京平だった。そんな彼の顔を見て、俺は昨日の出来事がフラッシュバックした。
「あ……いや、誘ってくれて悪いんだが、今日は遠慮しとく……」
俺は京平の顔を見て話すことができなかった。ずっと下を向いて会話を続ける。
「オッケー。あ、それと、昨日はありがとな!」
”昨日”その言葉を言われた瞬間、心臓が飛び跳ねた。
「昨日……? 何のことだ?」
京平があの扉のことを知っているはずがない。では何のことを言っているのだろうか。
「ほら、文化委員のことだよ。さっき先生から聞いたんだけど、勇也が昨日一人で仕事してくれたんだろ? すまねぇな、昨日はすぐに部活に行ってて。また今度ある時は俺が行くから、じゃあ」
それだけ言うと、後ろで待っていた2人の友人を引き連れて教室から出ていってしまった。
俺は一気に脱力したように「はぁ」とため息をつく。何をそんなにびくびくとおびえているのだろうか。そんなみじめな自分が嫌になってきた。
そのまま重い気持ちを引きずるように、俺も教室を出ようとしたところ、ポケットに入れていたスマホが振動する。どこかの会社のクーポンメールか何かだろうと思い、渋々ポケットに手を入れてスマホを取り出したところ、そこには意外な名前が書かれていた。
三代君、よかったらお昼一緒に食べない? 石田美月
12:55
その一文は、一体何が起こっているのか理解できなかった。
何故、石田さんが俺にメッセージを送っている?
お昼ご飯を一緒に食べるとは……? 他の人に送ろうとしたものを間違って俺に送ってしまった? でも、名前も入っているし……。
小学生でも理解できそうなことだが、今の俺には難しかった。
俺はちらりと後ろを振り返ると、そこには机に座り俺の視線に気づいて軽くうなずいた石田さんの姿があった。
石田さんとの接点といえば、隣の席ということと昨日の放課後、つまりは俺が扉に入って未来に行った後、あの場所にいたということだ。
そこで俺はある疑問を覚えた。
何故石田さんはあの扉を見て何も言わなかったのだろうか。
通常なら教室の真ん中にあのような異質なものが立ちふさがっていれば、疑問の一つや二つあるだろう。だが、石田さんは扉に関して何も話してこなかった。
もしかしたら石田さんは何かあの扉について知っているのかもしれない。だとしたら、俺に声をかけてきたのも納得がいく。
俺は再びスマホの画面に視線を戻し、文字を入力していく。
石田さんが良ければぜひ
12:55
そこまで打ち込んで、×を長押しして全て文字を消した。これだとなんだか上から目線すぎないだろうか。
はい 三代勇也
12:56
結局単調な文章になってしまった。
既読はすぐについた。恐らく返事を待っていたのだろう。既読がついてから返信が来るまでの時間が、長く、長く感じられた。
じゃあ、食堂集合で笑 石田美月
12:57
最後の”笑”は一体何に対する”笑”なのだろうか。そんなこの場から逃げ出したくなる気持ちを抱えて、俺は足早に教室から逃げ出していった。
食堂
既に生徒で埋め尽くされており、座る場所を探すだけで一苦労しそうだ。この学校は食堂以外にも売店があり、そこで弁当やパンなどを売っている。そこで購入して教室で食べる生徒や、そもそも弁当を持ってきている生徒もいるのだが、食堂の人気もすさまじかった。
もちろん俺は弁当なんて作ってくれる人もいないし、自分で作る気力もない。かといって弁当を売店で買って、教室で一人寂しく食べるのもなんだか恥ずかしいので、毎日食堂で食べることにしている。
奥まで行くと、流石に空席がいくつか目立っていた。石田さんも来るということなので、2人分の席を確保しておかなければならない。俺は椅子に腰かけ、隣の席にスマホと財布を置いた。こうして石田さんがやってくるまで、しばらくの間待つのであった。
石田さんはほどなくしてやってきた。俺は軽く右手を挙げて存在感を示す。俺にすぐに気づいてくれて、足早にこちらにやってきた。
「石田さんの分も席、確保しておいたから」
俺はそう言って隣の席の椅子をつかみ、ゆっくりと後ろに引く。そのまま座ってくれるかと思いきや、俺の顔をじっと見たまま動かない。
「三代君、こういう時は普通、目の前の席を確保しておくものじゃない?」
綺麗に垂れている黒髪を耳にかけながらそう言った。だが、怒っているといった様子ではなかった。
「あ……確かに。ごめん」
俺は取り敢えず謝った。
「さっきのメッセージでも思ったんだけど、三代君って意外と天然だよね」
「そう……なのかなぁ?」
そんなことを言いながら、空いていた俺の対面の席に回り、腰かけた。
「先にご飯食べちゃおうか。三代君はいつも何食べてる?」
「いつもは麺類が多いかな」
「そうなんだ。私も結構ラーメンとか好きなんだよね」
「そ……そうなんだ」
どうしても俺のコミュ力が低いせいで途中で会話が途切れてしまう。だが、そんな状況にも石田さんは嫌そうな顔一つしていなかった。
「じゃあ、買いに行こうか」
「うん」
ラーメンの名前を聞いたらなんだか俺も今日はその気分になったので、2人でラーメン売り場の前に並ぶことになった。