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43話 石田さんという存在⑩

「食材がない」


 ものの1分ほどで石田さんは俺の部屋に戻ってきて不満を口にしていた。それもそうだ。俺も親父も料理という料理はほとんどしない。なので食材が冷蔵庫にあるはずがなかったのだ。


「じゃあ冷凍食品で大丈夫だから……」


 そこまで無理をしてまで作ってもらうのは流石に気が引ける。だが、石田さんは、カバンを肩にかけ、こちらに向かって手を差し出す。


「この近くにあるスーパー教えて。そこで買い出ししよう」


 何故だかものすごくやる気にあふれていた。


 俺はあまり気乗りしないまま、近くのスーパーに石田さんを案内する。家から歩いて10分ほどのところだ。外はすっかり闇に包まれて、街灯が俺たち二人をスポットライトのように照らしてくれる。


「そういえば石田さん、今日って部活はなかったの?」


 ふと、今になってそのことが気になった。特段何曜日が休みというのは聞いたことがなかったので、もしかしたら部活を休んでまで俺のところに来てくれたのではないかと思って聞いてみる。


「今日は前川先生が早く帰らないといけないからって、休みになったの」

「そっか……」


 前川先生はうちのクラスの担任で、部活もバスケ部の顧問をしている。


「そうだ、前川先生、三代君が無断欠席したの心配してたよ。電話もつながらないって」

「あー」


 電話がかかってきていたのか。そのころは深い夢の中だったので、気づきもしなかった。ということは、恐らく親父のスマホにもかかってきているということで、あの人は俺が今日、学校に来ていないという事実を知りながらも何も連絡をしてこないのだ。そんな人なのは知っていたが、改めて目の当たりにすると胸の奥がチクリと痛む。


「明日学校行ったらなんて言い訳しよう」


 急に現実を突きつけられたかのように、目の前の景色が遠ざかっていく感覚に陥る。これでまた学校への足取りが少しだけ、重くなってしまったかもしれない。


「それ、ちゃんと答えてくれないと私に飛び火するやつだ」

「なんで?」

「私、先生から頼まれてプリントとか届けることになってるから。三代君が変な言い訳とかしたら、たぶん私に聞かれると思う」


 開いた両手を指先同士でくっつけて、石田さんは俺の顔を覗き込むようにして見た。


「ん~、素直に体調不良っていうべきかなぁ」


 実際精神的な面で不安定だったのは事実だ。学校を休むほどに悪かったわけではないが。


「うん。それでいいんじゃない? 変に言い訳するよりも単純明快な方がいい気がする。それで怒られたら……ドンマイだね」


 少しだけ口角を上げてほほ笑む。そんな彼女の笑顔が夕日の色に溶け込んで俺には眩しく見えた。


 普段料理をしないため、壊滅的に料理の具材として何が必要なのか、全くもってわからなかった。そもそも何の料理を作るというのだろうか。以前、石田さんの家に行ったときはオムライスをごちそうになった記憶がある。普段は冷凍食品のオムライスしか食べたことがないが、それよりは数倍、いや数十倍ふんわりとしていて美味しかった。


「あ、流石にお金は俺が出すよ」


 料理を作ってもらうだけでも十分なのに、材料費まで出してもらっていては面目ない。俺はレジで表示された金額に合うようにお金を出した。


「ありがとう」


 むしろ感謝するのはこちらの方だ。それにもかかわらず石田さんは俺に感謝してくれている。


「じゃあ帰ろっか」


 持参したマイバッグににんじんや玉ねぎ・たまごなどを詰めて、俺はそれを抱える。この材料からしたらカレーとかだろうか? でもたまごってカレーに使うのだろうか。よく見る、カレーの上におしゃれに乗っているやつとかだろうか。そんなことを考えながらすっかり暗くなった夜道を二人で談笑しながら帰っていった。


 帰宅後

 俺も何かできることを手伝おうと、声をかける。流石にずっと見ているだけでは申し訳ない。


「石田さん、俺も何か手伝うよ」

「ほんと! じゃあ三代君には……玉ねぎとにんじん切ってもらおっかな」


 石田さんは一つずつ手に取り、それをこちらに渡してきた。玉ねぎはすでに皮が剝かれていた。

 受け取った俺は、まな板と包丁を取り出し、食材と一緒に軽く水で洗い流す。そしてまずは玉ねぎから切っていこうと、まな板の上に置き、包丁をゆっくりと降り下ろそうとしたとき、それを制止する声が響いた。


「ちょっとストップ!」

「ん? どうした?」

「えーっとね、ゆび真っすぐ伸ばしたまま切ろうとすると、危ないから」

「え、じゃあどうやって切ればいいんだ?」


 そんな俺の質問に対して、石田さんは両手を胸の位置にあげて、指を折ってこちらに見せる。


「こんな感じで指を丸めて切っていく。調理実習とかで習わなかった?」

「あー、何かあったな。猫の手だっけ」

「そうそう、猫の手ほど丸めなくてもいいけど、流石に真っすぐはやばいから。ほら、構えてみて」


 俺は言われた通り、左手の指を丸めるようにして添える。


「もうちょっと、左のほうを押さえたほうがいいかな」


 そう言って石田さんは、俺の背後に回り込み、後ろから俺に左手を重ねるようにして握る。急に、心臓の鼓動が早くなったのが自分でもわかった。温かくてやわらかい。


「うん、これで切ってみようか」


 石田さんの手が俺の手を優しく包み込む。


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